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2017年 08月 21日

ガラテヤ 4

ガラテヤ 4:1 ところが、相《そう》続《ぞく》人《にん》というものは、全《ぜん》財《ざい》産《さん》の持《も》ち主《ぬし》なのに、子《こ》どものうちは、奴《ど》隷《れい》と少《すこ》しも違《ちが》わず、
ガラテヤ 4:2 父《ちち》の定《さだ》めた日《ひ》までは、後《こう》見《けん》人《にん》や管《かん》理《り》者《しゃ》の下《した》にあります。
ガラテヤ 4:3 私たちもそれと同《おな》じで、まだ小《ちい》さかった時《とき》には、この世《よ》の幼《よう》稚《ち》な教《おし》えの下《した》に奴《ど》隷《れい》となっていました。
ガラテヤ 4:4 しかし定《さだ》めの時《とき》が来《き》たので、神《かみ》はご自《じ》分《ぶん》の御《み》子《こ》を遣《つか》わし、この方《かた》を、女《おんな》から生《う》まれた者《もの》、また律《りっ》法《ぽう》の下《した》にある者《もの》となさいました。
ガラテヤ 4:5 これは律《りっ》法《ぽう》の下《した》にある者《もの》を贖《あがな》い出《だ》すためで、その結《けっ》果《か》、私たちが子《こ》としての身《み》分《ぶん》を受《う》けるようになるためです。
ガラテヤ 4:6 そして、あなたがたは子《こ》であるゆえに、神《かみ》は「アバ、父《ちち》」と呼《よ》ぶ、御《み》子《こ》の御《み》霊《たま》を、私たちの心《こころ》に遣《つか》わしてくださいました。
ガラテヤ 4:7 ですから、あなたはもはや奴《ど》隷《れい》ではなく、子《こ》です。子《こ》ならば、神《かみ》による相《そう》続《ぞく》人《にん》です。
ガラテヤ 4:8 しかし、神《かみ》を知《し》らなかった当《とう》時《じ》、あなたがたは本《ほん》来《らい》は神《かみ》でない神《かみ》々《がみ》の奴《ど》隷《れい》でした。
ガラテヤ 4:9 ところが、今《いま》では神《かみ》を知《し》っているのに、いや、むしろ神《かみ》に知《し》られているのに、どうしてあの無《む》力《りょく》、無《む》価《か》値《ち》の幼《よう》稚《ち》な教《おし》えに逆《ぎゃく》戻《もど》りして、再《ふたた》び新《あら》たにその奴《ど》隷《れい》になろうとするのですか。
ガラテヤ 4:10 あなたがたは、各《かく》種《しゅ》の日《ひ》と月《つき》と季《き》節《せつ》と年《とし》とを守《まも》っています。
ガラテヤ 4:11 あなたがたのために私の労《ろう》したことは、むだだったのではないか、と私はあなたがたのことを案《あん》じています。
ガラテヤ 4:12 お願《ねが》いです。兄《きょう》弟《だい》たち。私のようになってください。私もあなたがたのようになったのですから。あなたがたは私に何《なに》一つ悪《わる》いことをしていません。
ガラテヤ 4:13 ご承《しょう》知《ち》のとおり、私が最《さい》初《しょ》あなたがたに福《ふく》音《いん》を伝《つた》えたのは、私の肉《にく》体《たい》が弱《よわ》かったためでした。
ガラテヤ 4:14 そして私の肉《にく》体《たい》には、あなたがたにとって試《し》練《れん》となるものがあったのに、あなたがたは軽《けい》蔑《べつ》したり、きらったりしないで、かえって神《かみ》の御《み》使《つか》いのように、またキリスト・イエスご自《じ》身《しん》であるかのように、私を迎《むか》えてくれました。
ガラテヤ 4:15 それなのに、あなたがたのあの喜《よろこ》びは、今《いま》どこにあるのですか。私はあなたがたのためにあかししますが、あなたがたは、もしできれば自《じ》分《ぶん》の目《め》をえぐり出《だ》して私に与《あた》えたいとさえ思《おも》ったではありませんか。
ガラテヤ 4:16 それでは、私は、あなたがたに真《しん》理《り》を語《かた》ったために、あなたがたの敵《てき》になったのでしょうか。
ガラテヤ 4:17 あなたがたに対《たい》するあの人《ひと》々《びと》の熱《ねっ》心《しん》は正《ただ》しいものではありません。彼《かれ》らはあなたがたを自《じ》分《ぶん》たちに熱《ねっ》心《しん》にならせようとして、あなたがたを福《ふく》音《いん》の恵《めぐ》みから締《し》め出《だ》そうとしているのです。
ガラテヤ 4:18 良《よ》いことで熱《ねっ》心《しん》に慕《した》われるのは、いつであっても良《よ》いものです。それは私があなたがたといっしょにいるときだけではありません。
ガラテヤ 4:19 私の子《こ》どもたちよ。あなたがたのうちにキリストが形《かたち》造《づく》られるまで、私は再《ふたた》びあなたがたのために産《う》みの苦《くる》しみをしています。
ガラテヤ 4:20 それで、今《いま》あなたがたといっしょにいることができたら、そしてこんな語《ご》調《ちょう》でなく話《はな》せたらと思《おも》います。あなたがたのことをどうしたらよいかと困《こま》っているのです。
ガラテヤ 4:21 律《りっ》法《ぽう》の下《した》にいたいと思《おも》う人《ひと》たちは、私に答《こた》えてください。あなたがたは律《りっ》法《ぽう》の言《い》うことを聞《き》かないのですか。
ガラテヤ 4:22 そこには、アブラハムにふたりの子《こ》があって、ひとりは女《おんな》奴《ど》隷《れい》から、ひとりは自《じ》由《ゆう》の女《おんな》から生《う》まれた、と書《か》かれています。
ガラテヤ 4:23 女《おんな》奴《ど》隷《れい》の子《こ》は肉《にく》によって生《う》まれ、自《じ》由《ゆう》の女《おんな》の子《こ》は約《やく》束《そく》によって生《う》まれたのです。
ガラテヤ 4:24 このことには比《ひ》喩《ゆ》があります。この女《おんな》たちは二つの契《けい》約《やく》です。一つはシナイ山《さん》から出《で》ており、奴《ど》隷《れい》となる子《こ》を産《う》みます。その女《おんな》はハガルです。
ガラテヤ 4:25 このハガルは、アラビヤにあるシナイ山《さん》のことで、今《いま》のエルサレムに当《あ》たります。なぜなら、彼《かの》女《じょ》はその子《こ》どもたちとともに奴《ど》隷《れい》だからです。
ガラテヤ 4:26 しかし、上《うえ》にあるエルサレムは自《じ》由《ゆう》であり、私たちの母《はは》です。
ガラテヤ 4:27 すなわち、こう書《か》いてあります。「喜《よろこ》べ。子《こ》を産《う》まない不《ふ》妊《にん》の女《おんな》よ。声《こえ》をあげて呼《よ》ばわれ。産《う》みの苦《くる》しみを知《し》らない女《おんな》よ。夫《おっと》に捨《す》てられた女《おんな》の産《う》む子《こ》どもは、夫《おっと》のある女《おんな》の産《う》む子《こ》どもよりも多《おお》い。」
ガラテヤ 4:28 兄《きょう》弟《だい》たちよ。あなたがたはイサクのように約《やく》束《そく》の子《こ》どもです。
ガラテヤ 4:29 しかし、かつて肉《にく》によって生《う》まれた者《もの》が、御《み》霊《たま》によって生《う》まれた者《もの》を迫《はく》害《がい》したように、今《いま》もそのとおりです。
ガラテヤ 4:30 しかし、聖《せい》書《しょ》は何《なん》と言《い》っていますか。「奴《ど》隷《れい》の女《おんな》とその子《こ》どもを追《お》い出《だ》せ。奴《ど》隷《れい》の女《おんな》の子《こ》どもは決《けっ》して自《じ》由《ゆう》の女《おんな》の子《こ》どもとともに相《そう》続《ぞく》人《にん》になってはならない。」
ガラテヤ 4:31 こういうわけで、兄《きょう》弟《だい》たちよ。私たちは奴《ど》隷《れい》の女《おんな》の子《こ》どもではなく、自《じ》由《ゆう》の女《おんな》の子《こ》どもです。

2017年 08月 22日

ガラテヤ 5

ガラテヤ 5:1 キリストは、自《じ》由《ゆう》を得《え》させるために、私たちを解《かい》放《ほう》してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立《た》って、またと奴《ど》隷《れい》のくびきを負《お》わせられないようにしなさい。
ガラテヤ 5:2 よく聞《き》いてください。このパウロがあなたがたに言《い》います。もし、あなたがたが割《かつ》礼《れい》を受《う》けるなら、キリストは、あなたがたにとって、何《なん》の益《えき》もないのです。
ガラテヤ 5:3 割《かつ》礼《れい》を受《う》けるすべての人《ひと》に、私は再《ふたた》びあかしします。その人《ひと》は律《りっ》法《ぽう》の全《ぜん》体《たい》を行《おこな》う義《ぎ》務《む》があります。
ガラテヤ 5:4 律《りっ》法《ぽう》によって義《ぎ》と認《みと》められようとしているあなたがたは、キリストから離《はな》れ、恵《めぐ》みから落《お》ちてしまったのです。
ガラテヤ 5:5 私たちは、信《しん》仰《こう》により、御《み》霊《たま》によって、義《ぎ》をいただく望《のぞ》みを熱《ねっ》心《しん》に抱《いだ》いているのです。
ガラテヤ 5:6 キリスト・イエスにあっては、割《かつ》礼《れい》を受《う》ける受《う》けないは大《だい》事《じ》なことではなく、愛《あい》によって働《はたら》く信《しん》仰《こう》だけが大《だい》事《じ》なのです。
ガラテヤ 5:7 あなたがたはよく走《はし》っていたのに、だれがあなたがたを妨《さまた》げて、真《しん》理《り》に従《したが》わなくさせたのですか。
ガラテヤ 5:8 そのような勧《すす》めは、あなたがたを召《め》してくださった方《かた》から出《で》たものではありません。
ガラテヤ 5:9 わずかのパン種《だね》が、こねた粉《こな》の全《ぜん》体《たい》を発《はっ》酵《こう》させるのです。
ガラテヤ 5:10 私は主《しゅ》にあって、あなたがたが少《すこ》しも違《ちが》った考《かんが》えを持《も》っていないと確《かく》信《しん》しています。しかし、あなたがたをかき乱《みだ》す者《もの》は、だれであろうと、さばきを受《う》けるのです。
ガラテヤ 5:11 兄《きょう》弟《だい》たち。もし私が今《いま》でも割《かつ》礼《れい》を宣《の》べ伝《つた》えているなら、どうして今《いま》なお迫《はく》害《がい》を受《う》けることがありましょう。それなら、十《じゅう》字《じ》架《か》のつまずきは取《と》り除《のぞ》かれているはずです。
ガラテヤ 5:12 あなたがたをかき乱《みだ》す者《もの》どもは、いっそのこと切《き》り取《と》ってしまうほうがよいのです。
ガラテヤ 5:13 兄《きょう》弟《だい》たち。あなたがたは、自《じ》由《ゆう》を与《あた》えられるために召《め》されたのです。ただ、その自《じ》由《ゆう》を肉《にく》の働《はたら》く機《き》会《かい》としないで、愛《あい》をもって互《たが》いに仕《つか》えなさい。
ガラテヤ 5:14 律《りっ》法《ぽう》の全《ぜん》体《たい》は、「あなたの隣《となり》人《びと》をあなた自《じ》身《しん》のように愛《あい》せよ」という一語《ご》をもって全《まっと》うされるのです。
ガラテヤ 5:15 もし互《たが》いにかみ合《あ》ったり、食《く》い合《あ》ったりしているなら、お互《たが》いの間《あいだ》で滅《ほろ》ぼされてしまいます。気《き》をつけなさい。
ガラテヤ 5:16 私は言《い》います。御《み》霊《たま》によって歩《あゆ》みなさい。そうすれば、決《けっ》して肉《にく》の欲《よく》望《ぼう》を満《まん》足《ぞく》させるようなことはありません。
ガラテヤ 5:17 なぜなら、肉《にく》の願《ねが》うことは御《み》霊《たま》に逆《さか》らい、御《み》霊《たま》は肉《にく》に逆《さか》らうからです。この二つは互《たが》いに対《たい》立《りつ》していて、そのためあなたがたは、自《じ》分《ぶん》のしたいと思《おも》うことをすることができないのです。
ガラテヤ 5:18 しかし、御《み》霊《たま》によって導《みちび》かれるなら、あなたがたは律《り》法《っぽ》の《う》下《した》にはいません。
ガラテヤ 5:19 肉《にく》の行《おこな》いは明《めい》白《はく》であって、次《つぎ》のようなものです。不《ふ》品《ひん》行《こう》、汚《けが》れ、好《こう》色《しょく》、
ガラテヤ 5:20 偶《ぐう》像《ぞう》礼《れい》拝《はい》、魔《ま》術《じゅつ》、敵《てき》意《い》、争《あらそ》い、そねみ、憤《いきどお》り、党《とう》派《は》心《しん》、分《ぶん》裂《れつ》、分《ぶん》派《ぱ》、
ガラテヤ 5:21 ねたみ、酩《めい》酊《てい》、遊《ゆう》興《きょう》、そういった類《るい》のものです。前《まえ》にもあらかじめ言《い》ったように、私は今《いま》もあなたがたにあらかじめ言《い》っておきます。こんなことをしている者《もの》たちが神《かみ》の国《くに》を相《そう》続《ぞく》することはありません。
ガラテヤ 5:22 しかし、御《み》霊《たま》の実《み》は、愛《あい》、喜《よろこ》び、平《へい》安《あん》、寛《かん》容《よう》、親《しん》切《せつ》、善《ぜん》意《い》、誠《せい》実《じつ》、
ガラテヤ 5:23 柔《にゅう》和《わ》、自《じ》制《せい》です。このようなものを禁《きん》ずる律《りっ》法《ぽう》はありません。
ガラテヤ 5:24 キリスト・イエスにつく者《もの》は、自《じ》分《ぶん》の肉《にく》を、さまざまの情《じょう》欲《よく》や欲《よく》望《ぼう》とともに、十《じゅう》字《じ》架《か》につけてしまったのです。
ガラテヤ 5:25 もし私たちが御《み》霊《たま》によって生《い》きるのなら、御《み》霊《たま》に導《みちび》かれて、進《すす》もうではありませんか。
ガラテヤ 5:26 互《たが》いにいどみ合《あ》ったり、そねみ合《あ》ったりして、虚《きょ》栄《えい》に走《はし》ることのないようにしましょう。

2017年 08月 23日

ガラテヤ 6

ガラテヤ 6:1 兄《きょう》弟《だい》たちよ。もしだれかがあやまちに陥《おちい》ったなら、御《み》霊《たま》の人《ひと》であるあなたがたは、柔《にゅう》和《わ》な心《こころ》でその人《ひと》を正《ただ》してあげなさい。また、自《じ》分《ぶん》自《じ》身《しん》も誘《ゆう》惑《わく》に陥《おちい》らないように気《き》をつけなさい。
ガラテヤ 6:2 互《たが》いの重《おも》荷《に》を負《お》い合《あ》い、そのようにしてキリストの律《りっ》法《ぽう》を全《まっと》うしなさい。
ガラテヤ 6:3 だれでも、りっぱでもない自《じ》分《ぶん》を何《なに》かりっぱでもあるかのように思《おも》うなら、自《じ》分《ぶん》を欺《あざむ》いているのです。
ガラテヤ 6:4 おのおの自《じ》分《ぶん》の行《おこな》いをよく調《しら》べてみなさい。そうすれば、誇《ほこ》れると思《おも》ったことも、ただ自《じ》分《ぶん》だけの誇《ほこ》りで、ほかの人《ひと》に対《たい》して誇《ほこ》れることではないでしょう。
ガラテヤ 6:5 人《ひと》にはおのおの、負《お》うべき自《じ》分《ぶん》自《じ》身《しん》の重《おも》荷《に》があるのです。
ガラテヤ 6:6 みことばを教《おし》えられる人《ひと》は、教《おし》える人《ひと》とすべての良《よ》いものを分《わ》け合《あ》いなさい。
ガラテヤ 6:7 思《おも》い違《ちが》いをしてはいけません。神《かみ》は侮《あなど》られるような方《かた》ではありません。人《ひと》は種《たね》を蒔《ま》けば、その刈《か》り取《と》りもすることになります。
ガラテヤ 6:8 自《じ》分《ぶん》の肉《にく》のために蒔《ま》く者《もの》は、肉《にく》から滅《ほろ》びを刈《か》り取《と》り、御《み》霊《たま》のために蒔《ま》く者《もの》は、御《み》霊《たま》から永《えい》遠《えん》のいのちを刈《か》り取《と》るのです。
ガラテヤ 6:9 善《ぜん》を行《おこな》うのに飽《あ》いてはいけません。失《しつ》望《ぼう》せずにいれば、時《じ》期《き》が来《き》て、刈《か》り取《と》ることになります。
ガラテヤ 6:10 ですから、私たちは、機《き》会《かい》のあるたびに、すべての人《ひと》に対《たい》して、特《とく》に信《しん》仰《こう》の家《か》族《ぞく》の人《ひと》たちに善《ぜん》を行《おこな》いましょう。
ガラテヤ 6:11 ご覧《らん》のとおり、私は今《いま》こんなに大《おお》きな字《じ》で、自《じ》分《ぶん》のこの手《て》であなたがたに書《か》いています。
ガラテヤ 6:12 あなたがたに割《かつ》礼《れい》を強《きょう》制《せい》する人《ひと》たちは、肉《にく》において外《がい》見《けん》を良《よ》くしたい人《ひと》たちです。彼《かれ》らはただ、キリストの十《じゅう》字《じ》架《か》のために迫《はく》害《がい》を受《う》けたくないだけなのです。
ガラテヤ 6:13 なぜなら、割《かつ》礼《れい》を受《う》けた人《ひと》たちは、自《じ》分《ぶん》自《じ》身《しん》が律《りっ》法《ぽう》を守《まも》っていません。それなのに彼《かれ》らがあなたがたに割《かつ》礼《れい》を受《う》けさせようとするのは、あなたがたの肉《にく》を誇《ほこ》りたいためなのです。
ガラテヤ 6:14 しかし私には、私たちの主《しゅ》イエス・キリストの十《じゅう》字《じ》架《か》以《い》外《がい》に誇《ほこ》りとするものが決《けっ》してあってはなりません。この十《じゅう》字《じ》架《か》によって、世《せ》界《かい》は私に対《たい》して十《じゅう》字《じ》架《か》につけられ、私も世《せ》界《かい》に対《たい》して十《じゅう》字《じ》架《か》につけられたのです。
ガラテヤ 6:15 割《かつ》礼《れい》を受《う》けているか受《う》けていないかは、大《だい》事《じ》なことではありません。大《だい》事《じ》なのは新《あたら》しい創《そう》造《ぞう》です。
ガラテヤ 6:16 どうか、この基《き》準《じゅん》に従《したが》って進《すす》む人《ひと》々《びと》、すなわち神《かみ》のイスラエルの上《うえ》に、平《へい》安《あん》とあわれみがありますように。
ガラテヤ 6:17 これからは、だれも私を煩《わずら》わさないようにしてください。私は、この身《み》に、イエスの焼《や》き印《いん》を帯《お》びているのですから。
ガラテヤ 6:18 どうか、私たちの主《しゅ》イエス・キリストの恵《めぐ》みが、兄《きょう》弟《だい》たちよ、あなたがたの霊《れい》とともにありますように。アーメン。

2017年 08月 24日

エペソ 1

エペソ 1:1 神《かみ》のみこころによるキリスト・イエスの使《し》徒《と》パウロから、キリスト・イエスにある忠《ちゅう》実《じつ》なエペソの聖《せい》徒《と》たちへ。
エペソ 1:2 私たちの父《ちち》なる神《かみ》と主《しゅ》イエス・キリストから、恵《めぐ》みと平《へい》安《あん》があなたがたの上《うえ》にありますように。
エペソ 1:3 私たちの主《しゅ》イエス・キリストの父《ちち》なる神《かみ》がほめたたえられますように。神《かみ》はキリストにあって、天《てん》にあるすべての霊《れい》的《てき》祝《しゅく》福《ふく》をもって私たちを祝《しゅく》福《ふく》してくださいました。
エペソ 1:4 すなわち、神《かみ》は私たちを世《せ》界《かい》の基《もとい》の置《お》かれる前《まえ》から彼《か》に《れ》あって選《えら》び、御《み》前《まえ》で聖《きよ》く、傷《きず》のない者《もの》にしようとされました。
エペソ 1:5 神《かみ》は、みむねとみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自《じ》分《ぶん》の子《こ》にしようと、愛《あい》をもってあらかじめ定《さだ》めておられました。
エペソ 1:6 それは、神《かみ》がその愛《あい》する方《かた》にあって私たちに与《あた》えてくださった恵《めぐ》みの栄《えい》光《こう》が、ほめたたえられるためです。
エペソ 1:7 この方《かた》にあって私たちは、その血《ち》による贖《あがな》い、罪《つみ》の赦《ゆる》しを受《う》けています。これは神《かみ》の豊《ゆた》かな恵《めぐ》みによることです。
エペソ 1:8 この恵《めぐ》みを、神《かみ》は私たちの上《うえ》にあふれさせ、あらゆる知《ち》恵《え》と思《し》慮《りょ》深《ぶか》さをもって、
エペソ 1:9 みこころの奥《おく》義《ぎ》を私たちに知《し》らせてくださいました。それは、この方《かた》にあって神《かみ》があらかじめお立《た》てになったみむねによることであり、
エペソ 1:10 時《とき》がついに満《み》ちて、実《じつ》現《げん》します。いっさいのものがキリストにあって、天《てん》にあるもの地《ち》にあるものがこの方《かた》にあって、一つに集《あつ》められるのです。
エペソ 1:11 この方《かた》にあって私たちは御《み》国《くに》を受《う》け継《つ》ぐ者《もの》ともなりました。みこころによりご計《けい》画《かく》のままをみな行《おこな》う方《かた》の目《もく》的《てき》に従《したが》って、私たちはあらかじめこのように定《さだ》められていたのです。
エペソ 1:12 それは、前《まえ》からキリストに望《のぞ》みを置《お》いていた私たちが、神《かみ》の栄《えい》光《こう》をほめたたえるためです。
エペソ 1:13 この方《かた》にあってあなたがたもまた、真《しん》理《り》のことば、あなたがたの救《すく》いの福《ふく》音《いん》を聞《き》き、またそれを信《しん》じたことにより、約《やく》束《そく》の聖《せい》霊《れい》をもって証《しょう》印《いん》を押《お》されました。
エペソ 1:14 聖《せい》霊《れい》は私たちが御《み》国《くに》を受《う》け継《つ》ぐことの保《ほ》証《しょう》です。これは神《かみ》の民《たみ》の贖《あがな》いのためであり、神《かみ》の栄《えい》光《こう》がほめたたえられるためです。
エペソ 1:15 こういうわけで、私は主《しゅ》イエスに対《たい》するあなたがたの信《しん》仰《こう》と、すべての聖《せい》徒《と》に対《たい》する愛《あい》とを聞《き》いて、
エペソ 1:16 あなたがたのために絶《た》えず感《かん》謝《しゃ》をささげ、あなたがたのことを覚《おぼ》えて祈《いの》っています。
エペソ 1:17 どうか、私たちの主《しゅ》イエス・キリストの神《かみ》、すなわち栄《えい》光《こう》の父《ちち》が、神《かみ》を知《し》るための知《ち》恵《え》と啓《けい》示《じ》の御《み》霊《たま》を、あなたがたに与《あた》えてくださいますように。
エペソ 1:18 また、あなたがたの心《こころ》の目《め》がはっきり見《み》えるようになって、神《かみ》の召《め》しによって与《あた》えられる望《のぞ》みがどのようなものか、聖《せい》徒《と》の受《う》け継《つ》ぐものがどのように栄《えい》光《こう》に富《と》んだものか、
エペソ 1:19 また、神《かみ》の全《ぜん》能《のう》の力《ちから》の働《はたら》きによって私たち信《しん》じる者《もの》に働《はたら》く神《かみ》のすぐれた力《ちから》がどのように偉《い》大《だい》なものであるかを、あなたがたが知《し》ることができますように。
エペソ 1:20 神《かみ》は、その全《ぜん》能《のう》の力《ちから》をキリストのうちに働《はたら》かせて、キリストを死《し》者《しゃ》の中《なか》からよみがえらせ、天《てん》上《じょう》においてご自《じ》分《ぶん》の右《みぎ》の座《ざ》に着《つ》かせて、
エペソ 1:21 すべての支《し》配《はい》、権《けん》威《い》、権《けん》力《りょく》、主《しゅ》権《けん》の上《うえ》に、また、今《い》の《ま》世《よ》ばかりでなく、次《つぎ》に来《く》る世《よ》においてもとなえられる、すべての名《な》の上《うえ》に高《たか》く置《お》かれました。
エペソ 1:22 また、神《かみ》は、いっさいのものをキリストの足《あし》の下《した》に従《したが》わせ、いっさいのものの上《うえ》に立《た》つかしらであるキリストを、教《きょう》会《かい》にお与《あた》えになりました。
エペソ 1:23 教《きょう》会《かい》はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満《み》たす方《かた》の満《み》ちておられるところです。

2017年 08月 25日

エペソ 2

エペソ 2:1 あなたがたは自《じ》分《ぶん》の罪《ざい》過《か》と罪《つみ》との中《なか》に死《し》んでいた者《もの》であって、
エペソ 2:2 そのころは、それらの罪《つみ》の中《なか》にあってこの世《よ》の流《なが》れに従《したが》い、空《くう》中《ちゅう》の権《けん》威《い》を持《も》つ支《し》配《はい》者《しゃ》として今《いま》も不《ふじ》従《ゅう》順《じゅん》の子《こ》らの中《なか》に働《はたら》いている霊《れい》に従《したが》って、歩《あゆ》んでいました。
エペソ 2:3 私たちもみな、かつては不《ふじ》従《ゅう》順《じゅん》の子《こ》らの中《なか》にあって、自《じ》分《ぶん》の肉《にく》の欲《よく》の中《なか》に生《い》き、肉《にく》と心《こころ》の望《のぞ》むままを行《おこな》い、ほかの人《ひと》たちと同《おな》じように、生《う》まれながら御《み》怒《いか》りを受《う》けるべき子《こ》らでした。
エペソ 2:4 しかし、あわれみ豊《ゆた》かな神《かみ》は、私たちを愛《あい》してくださったその大《おお》きな愛《あい》のゆえに、
エペソ 2:5 罪《ざい》過《か》の中《なか》に死《し》んでいたこの私たちをキリストとともに生《い》かし、‐‐あなたがたが救《すく》われたのは、ただ恵《めぐ》みによるのです‐‐
エペソ 2:6 キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天《てん》の所《ところ》にすわらせてくださいました。
エペソ 2:7 それは、あとに来《く》る世《よ》々《よ》において、このすぐれて豊《ゆた》かな御《み》恵《めぐ》みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜《たまわ》る慈《じ》愛《あい》によって明《あき》らかにお示《しめ》しになるためでした。
エペソ 2:8 あなたがたは、恵《めぐ》みのゆえに、信《しん》仰《こう》によって救《すく》われたのです。それは、自《じ》分《ぶん》自《じ》身《しん》から出《で》たことではなく、神《か》か《み》らの賜《たま》物《もの》です。
エペソ 2:9 行《おこ》い《な》によるのではありません。だれも誇《ほこ》ることのないためです。
エペソ 2:10 私たちは神《かみ》の作《さく》品《ひん》であって、良《よ》い行《おこな》いをするためにキリスト・イエスにあって造《つく》られたのです。神《かみ》は、私たちが良《よ》い行《おこな》いに歩《あゆ》むように、その良《よ》い行《おこな》いをもあらかじめ備《そな》えてくださったのです。
エペソ 2:11 ですから、思《おも》い出《だ》してください。あなたがたは、以《い》前《ぜん》は肉《にく》において異《い》邦《ほう》人《じん》でした。すなわち、肉《にく》において人《ひと》の手《て》による、いわゆる割《かつ》礼《れい》を持《も》つ人《ひと》々《びと》からは、無《む》割《かつ》礼《れい》の人《ひと》々《びと》と呼《よ》ばれる者《もの》であって、
エペソ 2:12 そのころのあなたがたは、キリストから離《はな》れ、イスラエルの国《くに》から除《じょ》外《がい》され、約《やく》束《そく》の契《けい》約《やく》については他《た》国《こく》人《じん》であり、この世《よ》にあって望《のぞ》みもなく、神《かみ》もない人《ひと》たちでした。
エペソ 2:13 しかし、以《い》前《ぜん》は遠《とお》く離《はな》れていたあなたがたも、今《いま》ではキリスト・イエスの中《なか》にあることにより、キリストの血《ち》によって近《ちか》い者《もの》とされたのです。
エペソ 2:14 キリストこそ私たちの平《へい》和《わ》であり、二つのものを一つにし、隔《へだ》ての壁《かべ》を打《う》ちこわし、
エペソ 2:15 ご自《じ》分《ぶん》の肉《にく》において、敵《てき》意《い》を廃《はい》棄《き》された方《かた》です。敵《てき》意《い》とは、さまざまの規《き》定《てい》から成《な》り立《た》っている戒《いまし》めの律《りっ》法《ぽう》なのです。このことは、二つのものをご自《じ》身《しん》において新《あたら》しいひとりの人《ひと》に造《つく》り上《あ》げて、平《へい》和《わ》を実《じつ》現《げん》するためであり、
エペソ 2:16 また、両《りょう》者《しゃ》を一つのからだとして、十《じゅう》字《じ》架《か》によって神《かみ》と和《わ》解《かい》させるためなのです。敵《てき》意《い》は十《じゅう》字《じ》架《か》によって葬《ほうむ》り去《さ》られました。
エペソ 2:17 それからキリストは来《こ》られて、遠《とお》くにいたあなたがたに平《へい》和《わ》を宣《の》べ、近《ちか》くにいた人《ひと》たちにも平《へい》和《わ》を宣《の》べられました。
エペソ 2:18 私たちは、このキリストによって、両《りょう》者《しゃ》ともに一つの御《み》霊《たま》において、父《ちち》のみもとに近《ちか》づくことができるのです。
エペソ 2:19 こういうわけで、あなたがたは、もはや他《た》国《こく》人《じん》でも寄《き》留《りゅう》者《しゃ》でもなく、今《いま》は聖《せい》徒《と》たちと同《おな》じ国《こく》民《みん》であり、神《か》の《み》家《か》族《ぞく》なのです。
エペソ 2:20 あなたがたは使《し》徒《と》と預《よ》言《げん》者《しゃ》という土《ど》台《だい》の上《うえ》に建《た》てられており、キリスト・イエスご自《じ》身《しん》がその礎《そ》石《せき》です。
エペソ 2:21 この方《かた》にあって、組《く》み合《あ》わされた建《たて》物《もの》の全《ぜん》体《たい》が成《せい》長《ちょう》し、主《しゅ》にある聖《せい》なる宮《みや》となるのであり、
エペソ 2:22 このキリストにあって、あなたがたもともに建《た》てられ、御《み》霊《たま》によって神《かみ》の御《み》住《す》まいとなるのです。