世界には、本当に色々な人がいます。病気の人、落ち込んでいる人、お金がなくて困っている人… でもイエスは、わたしたちにいのちを与えるため、豊かにするために来られました(ヨハネ 10:10)。

そして、それだけではありません。あなたは、神が与えてくださるものを受け取る用意ができていますか?

マタイの福音書で、イエスは次のように教えています。

「あなたがたは地の塩です。もし塩が塩気をなくしたら、何によって塩気をつけるのでしょうか。もう何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけです。」(マタイ 5:13)

なぜ塩なのか?

それは、塩が私たちの生活に欠かせないものだからです。塩を入れ忘れた料理を食べたことはありますか?ぼやけて、味気ないですよね。塩は旨味を引き出すのに欠かせない調味料。救われた者は、ご近所に、会社に、学校に、その他所属するグループや共同体に、「味」をもたらしているのです。味だけではありません。塩は保存料としても欠かせないものです。私たちは、世界を腐敗から守る役目も負っているのです。聖書を信じ、霊性にあふれ、洗礼を受けたクリスチャンは、世界を地獄から救い、皆に天国に行くチャンスを与えているのです!携挙で信者が天に持ち上げられる時、人々はびっくりすることでしょう。

イエスは更に続けて言います。

「あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。

また、明かりをともして升の下に置いたりはしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいるすべての人を照らします。

このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」

(マタイ 5:14-16)

私たちは世の塩であるだけでなく、光だというのです!光とは、イエスご自身のことではなかったか?その通りです。しかしイエスが天上で神の右の座に着かれた今(エペソ人への手紙 1:20)、私たちがその光を受け継いだのです。クリスチャンは世の光です。光は、広く遠く、投げかけられなければいけません。

大きな都市の夜景を見たことはありますか?美しいですよね。高いところから灯りが煌めく街を眺めると心が浮き立ちます。神の民である私たちを、神は光に例えられました。世界にとっては、私たちは希望の町ともいえる存在です。そして私たちは谷にいるのではなく、山の上にいます。さまよえる世界よりも高いところ、神に近いところにいるのです。

信者である私たちは、塩と光のある町に生きましょう。世の人々に、不安や恐怖、失敗から自由になれる安全な場所があることを示しましょう。そうすれば彼らも、私たちのように免疫を得ることができるのです。神に誉あれ!神と過ごす時間を大切にし、神の光が私たちの中に満ちるのを感じましょう。そして世界に塩をもたらしましょう。あなたがやらなければ、誰がやるというのですか?

主の名は堅固なやぐら。

正しい人はその中に駆け込み、保護される

(箴言 18:10)

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