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2020年 09月 21日

1テモテ 1

1テモテ 1:1 私たちの救《すく》い主《ぬし》なる神《かみ》と私たちの望《の》み《ぞ》なるキリスト・イエスとの命《めい》令《れい》による、キリスト・イエスの使《し》徒《と》パウロから、
1テモテ 1:2 信《しん》仰《こう》による真《しん》実《じつ》のわが子《こ》テモテへ。父《ちち》なる神《かみ》と私たちの主《しゅ》なるキリスト・イエスから、恵《めぐ》みとあわれみと平《へい》安《あん》とがありますように。
1テモテ 1:3 私がマケドニヤに出《しゅっ》発《ぱつ》するとき、あなたにお願《ねが》いしたように、あなたは、エペソにずっととどまっていて、ある人《ひと》たちが違《ちが》った教《おし》えを説《と》いたり、
1テモテ 1:4 果《は》てしのない空《くう》想《そう》話《ばなし》と系《けい》図《ず》とに心《こころ》を奪《うば》われたりしないように命《めい》じてください。そのようなものは、論《ろん》議《ぎ》を引《ひ》き起《お》こすだけで、信《しん》仰《こう》による神《かみ》の救《すく》いのご計《けい》画《かく》の実《じつ》現《げん》をもたらすものではありません。
1テモテ 1:5 この命《めい》令《れい》は、きよい心《こころ》と正《ただ》しい良《りょう》心《しん》と偽《いつわ》りのない信《しん》仰《こう》とから出《で》て来《く》る愛《あい》を、目《もく》標《ひょう》としています。
1テモテ 1:6 ある人《ひと》たちはこの目《め》当《あ》てを見《み》失《うしな》い、わき道《みち》にそれて無《む》益《えき》な議《ぎ》論《ろん》に走《はし》り、
1テモテ 1:7 律《りっ》法《ぽう》の教《きょう》師《し》でありたいと望《のぞ》みながら、自《じ》分《ぶん》の言《い》っていることも、また強《つよ》く主《しゅ》張《ちょう》していることについても理《り》解《かい》していません。
1テモテ 1:8 しかし私たちは知《し》っています。律《りっ》法《ぽう》は、もし次《つぎ》のことを知《し》っていて正《ただ》しく用《もち》いるならば、良《よ》いものです。
1テモテ 1:9 すなわち、律《りっ》法《ぽう》は、正《ただ》しい人《ひと》のためにあるのではなく、律《りっ》法《ぽう》を無《む》視《し》する不《ふじ》従《ゅう》順《じゅん》な者《もの》、不《ふ》敬《けい》虔《けん》な罪《つみ》人《びと》、汚《けが》らわしい俗《ぞく》物《ぶつ》、父《ちち》や母《はは》を殺《ころ》す者《もの》、人《ひと》を殺《ころ》す者《もの》、
1テモテ 1:10 不《ふ》品《ひん》行《こう》な者《もの》、男《なん》色《しょく》をする者《もの》、人《ひと》を誘《ゆう》拐《かい》する者《もの》、うそをつく者《もの》、偽《ぎ》証《しょう》をする者《もの》などのため、またそのほか健《けん》全《ぜん》な教《おし》えにそむく事《こと》のためにあるのです。
1テモテ 1:11 祝《しゅく》福《ふく》に満《み》ちた神《かみ》の、栄《えい》光《こう》の福《ふく》音《いん》によれば、こうなのであって、私はその福《ふく》音《いん》をゆだねられたのです。
1テモテ 1:12 私は、私を強《つよ》くしてくださる私たちの主《しゅ》キリスト・イエスに感《かん》謝《しゃ》をささげています。なぜなら、キリストは、私をこの務《つと》めに任《にん》命《めい》して、私を忠《ちゅう》実《じつ》な者《もの》と認《みと》めてくださったからです。
1テモテ 1:13 私は以《い》前《ぜん》は、神《かみ》をけがす者《もの》、迫《はく》害《がい》する者《もの》、暴《ぼう》力《りょく》をふるう者《もの》でした。それでも、信《しん》じていないときに知《し》らないでしたことなので、あわれみを受《う》けたのです。
1テモテ 1:14 私たちの主《しゅ》の、この恵《めぐ》みは、キリスト・イエスにある信《しん》仰《こう》と愛《あい》とともに、ますます満《み》ちあふれるようになりました。
1テモテ 1:15 「キリスト・イエスは、罪《つみ》人《びと》を救《すく》うためにこの世《よ》に来《こ》られた」ということばは、まことであり、そのまま受《う》け入《い》れるに値《あたい》するものです。私はその罪《つみ》人《びと》のかしらです。
1テモテ 1:16 しかし、そのような私があわれみを受《う》けたのは、イエス・キリストが、今《こん》後《ご》彼《かれ》を信《しん》じて永《えい》遠《えん》のいのちを得《え》ようとしている人《ひと》々《びと》の見《み》本《ほん》にしようと、まず私に対《たい》してこの上《うえ》ない寛《かん》容《よう》を示《しめ》してくださったからです。
1テモテ 1:17 どうか、世《よ》々《よ》の王《おう》、すなわち、滅《ほろ》びることなく、目《め》に見《み》えない唯《ゆい》一《いつ》の神《かみ》に、誉《ほま》れと栄《さか》えとが世《よ》々《よ》限《かぎ》りなくありますように。アーメン。
1テモテ 1:18 私の子《こ》テモテよ。以《い》前《ぜん》あなたについてなされた預《よ》言《げん》に従《したが》って、私はあなたにこの命《めい》令《れい》をゆだねます。それは、あなたがあの預《よ》言《げん》によって、信《しん》仰《こう》と正《ただ》しい良《りょう》心《しん》を保《たも》ち、勇《ゆう》敢《かん》に戦《たたか》い抜《ぬ》くためです。
1テモテ 1:19 ある人《ひと》たちは、正《ただ》しい良《りょう》心《しん》を捨《す》てて、信《しん》仰《こう》の破《は》船《せん》に会《あ》いました。
1テモテ 1:20 その中《なか》には、ヒメナオとアレキサンデルがいます。私は、彼《かれ》らをサタンに引《ひ》き渡《わた》しました。それは、神《かみ》をけがしてはならないことを、彼《かれ》らに学《まな》ばせるためです。

2020年 09月 22日

1テモテ 2

1テモテ 2:1 そこで、まず初《はじ》めに、このことを勧《すす》めます。すべての人《ひと》のために、また王《おう》とすべての高《たか》い地《ち》位《い》にある人《ひと》たちのために願《ねが》い、祈《いの》り、とりなし、感《かん》謝《しゃ》がささげられるようにしなさい。
1テモテ 2:2 それは、私たちが敬《けい》虔《けん》に、また、威《い》厳《げん》をもって、平《へい》安《あん》で静《しず》かな一《いっ》生《しょう》を過《す》ごすためです。
1テモテ 2:3 そうすることは、私たちの救《すく》い主《ぬし》である神《かみ》の御《み》前《まえ》において良《よ》いことであり、喜《よろこ》ばれることなのです。
1テモテ 2:4 神《かみ》は、すべての人《ひと》が救《すく》われて、真《しん》理《り》を知《し》るようになるのを望《のぞ》んでおられます。
1テモテ 2:5 神《かみ》は唯《ゆい》一《いつ》です。また、神《かみ》と人《ひと》との間《あいだ》の仲《ちゅ》介《うか》者《いしゃ》も唯《ゆい》一《いつ》であって、それは人《ひと》としてのキリスト・イエスです。
1テモテ 2:6 キリストは、すべての人《ひと》の贖《あがな》いの代《だい》価《か》として、ご自《じ》身《しん》をお与《あた》えになりました。これが時《とき》至《いた》ってなされたあかしなのです。
1テモテ 2:7 そのあかしのために、私は宣《せん》伝《でん》者《しゃ》また使《し》徒《と》に任《にん》じられ‐‐私は真《しん》実《じつ》を言《い》っており、うそは言《い》いません‐‐信《しん》仰《こう》と真《しん》理《り》を異《い》邦《ほう》人《じん》に教《おし》える教《きょう》師《し》とされました。
1テモテ 2:8 ですから、私は願《ねが》うのです。男《おとこ》は、怒《いか》ったり言《い》い争《あらそ》ったりすることなく、どこででもきよい手《て》を上《あ》げて祈《いの》るようにしなさい。
1テモテ 2:9 同《おな》じように女《おんな》も、つつましい身《み》なりで、控《ひか》えめに慎《つつし》み深《ぶか》く身《み》を飾《かざ》り、はでな髪《かみ》の形《かたち》とか、金《きん》や真《しん》珠《じゅ》や高《こう》価《か》な衣《い》服《ふく》によってではなく、
1テモテ 2:10 むしろ、神《かみ》を敬《うやま》うと言《い》っている女《おんな》にふさわしく、良《よ》い行《おこな》いを自《じ》分《ぶん》の飾《かざ》りとしなさい。
1テモテ 2:11 女《おんな》は、静《しず》かにして、よく従《したが》う心《こころ》をもって教《おし》えを受《う》けなさい。
1テモテ 2:12 私は、女《おんな》が教《おし》えたり男《おとこ》を支《し》配《はい》したりすることを許《ゆる》しません。ただ、静《しず》かにしていなさい。
1テモテ 2:13 アダムが初《はじ》めに造《つく》られ、次《つぎ》にエバが造《つく》られたからです。
1テモテ 2:14 また、アダムは惑《まど》わされなかったが、女《おんな》は惑《まど》わされてしまい、あやまちを犯《おか》しました。
1テモテ 2:15 しかし、女《おんな》が慎《つつし》みをもって、信《しん》仰《こう》と愛《あい》と聖《きよ》さとを保《たも》つなら、子《こ》を産《う》むことによって救《すく》われます。

2020年 09月 23日

1テモテ 3

1テモテ 3:1 「人《ひと》がもし監《かん》督《とく》の職《しょく》につきたいと思《おも》うなら、それはすばらしい仕《し》事《ごと》を求《もと》めることである」ということばは真《しん》実《じつ》です。
1テモテ 3:2 ですから、監《かん》督《とく》はこういう人《ひと》でなければなりません。すなわち、非《ひ》難《なん》されるところがなく、ひとりの妻《つま》の夫《おっと》であり、自《じ》分《ぶん》を制《せい》し、慎《つつし》み深《ぶか》く、品《ひん》位《い》があり、よくもてなし、教《おし》える能《のう》力《りょく》があり、
1テモテ 3:3 酒《さけ》飲《の》みでなく、暴《ぼう》力《りょく》をふるわず、温《おん》和《わ》で、争《あらそ》わず、金《きん》銭《せん》に無《む》欲《よく》で、
1テモテ 3:4 自《じ》分《ぶん》の家《か》庭《てい》をよく治《おさ》め、十《じゅう》分《ぶん》な威《い》厳《げん》をもって子《こ》どもを従《したが》わせている人《ひと》です。
1テモテ 3:5 ‐‐自《じ》分《ぶん》自《じ》身《しん》の家《か》庭《てい》を治《おさ》めることを知《し》らない人《ひと》が、どうして神《かみ》の教《きょう》会《かい》の世《せ》話《わ》をすることができるでしょう‐‐
1テモテ 3:6 また、信《しん》者《じゃ》になったばかりの人《ひと》であってはいけません。高《こう》慢《まん》になって、悪《あく》魔《ま》と同《おな》じさばきを受《う》けることにならないためです。
1テモテ 3:7 また、教《きょう》会《かい》外《がい》の人《ひと》々《びと》にも評《ひょう》判《ばん》の良《よ》い人《ひと》でなければいけません。そしりを受《う》け、悪《あく》魔《ま》のわなに陥《おちい》らないためです。
1テモテ 3:8 執《しつ》事《じ》もまたこういう人《ひと》でなければなりません。謹《きん》厳《げん》で、二《に》枚《まい》舌《じた》を使《つか》わず、大《おお》酒《ざけ》飲《の》みでなく、不《ふ》正《せい》な利《り》をむさぼらず、
1テモテ 3:9 きよい良《りょう》心《しん》をもって信《しん》仰《こう》の奥《おく》義《ぎ》を保《たも》っている人《ひと》です。
1テモテ 3:10 まず審《しん》査《さ》を受《う》けさせなさい。そして、非《ひ》難《なん》される点《てん》がなければ、執《しつ》事《じ》の職《しょく》につかせなさい。
1テモテ 3:11 婦《ふ》人《じん》執《しつ》事《じ》も、威《い》厳《げん》があり、悪《あっ》口《こう》を言《い》わず、自《じ》分《ぶん》を制《せい》し、すべてに忠《ちゅう》実《じつ》な人《ひと》でなければなりません。
1テモテ 3:12 執《しつ》事《じ》は、ひとりの妻《つま》の夫《おっと》であって、子《こ》どもと家《か》庭《てい》をよく治《おさ》める人《ひと》でなければなりません。
1テモテ 3:13 というのは、執《しつ》事《じ》の務《つと》めをりっぱに果《は》たした人《ひと》は、良《よ》い地《ち》歩《ほ》を占《し》め、また、キリスト・イエスを信《しん》じる信《しん》仰《こう》について強《つよ》い確《かく》信《しん》を持《も》つことができるからです。
1テモテ 3:14 私は、近《ちか》いうちにあなたのところに行《い》きたいと思《おも》いながらも、この手《て》紙《がみ》を書《か》いています。
1テモテ 3:15 それは、たとい私がおそくなった場《ば》合《あい》でも、神《かみ》の家《いえ》でどのように行《こう》動《どう》すべきかを、あなたが知《し》っておくためです。神《かみ》の家《いえ》とは生《い》ける神《かみ》の教《きょう》会《かい》のことであり、その教《きょう》会《かい》は、真《しん》理《り》の柱《はしら》また土《ど》台《だい》です。
1テモテ 3:16 確《たし》かに偉《い》大《だい》なのはこの敬《けい》虔《けん》の奥《おく》義《ぎ》です。「キリストは肉《にく》において現《あらわ》れ、霊《れい》において義《ぎ》と宣《せん》言《げん》され、御《み》使《つか》いたちに見《み》られ、諸《しょ》国《こく》民《みん》の間《あいだ》に宣《の》べ伝《つた》えられ、世《せ》界《かい》中《じゅう》で信《しん》じられ、栄《えい》光《こう》のうちに上《あ》げられた。」

2020年 09月 24日

1テモテ 4

1テモテ 4:1 しかし、御《み》霊《たま》が明《あき》らかに言《い》われるように、後《のち》の時《じ》代《だい》になると、ある人《ひと》たちは惑《まど》わす霊《れい》と悪《あく》霊《れい》の教《おし》えとに心《こころ》を奪《うば》われ、信《しん》仰《こう》から離《はな》れるようになります。
1テモテ 4:2 それは、うそつきどもの偽《ぎ》善《ぜん》によるものです。彼《かれ》らは良《りょう》心《しん》が麻《ま》痺《ひ》しており、
1テモテ 4:3 結《けっ》婚《こん》することを禁《きん》じたり、食《しょく》物《もつ》を断《た》つことを命《めい》じたりします。しかし食《しょく》物《もつ》は、信《しん》仰《こう》があり、真《しん》理《り》を知《し》っている人《ひと》が感《かん》謝《しゃ》して受《う》けるようにと、神《かみ》が造《つく》られた物《もの》です。
1テモテ 4:4 神《かみ》が造《つく》られた物《もの》はみな良《よ》い物《もの》で、感《かん》謝《しゃ》して受《う》けるとき、捨《す》てるべき物《もの》は何《なに》一つありません。
1テモテ 4:5 神《かみ》のことばと祈《いの》りとによって、聖《きよ》められるからです。
1テモテ 4:6 これらのことを兄《きょう》弟《だい》たちに教《おし》えるなら、あなたはキリスト・イエスのりっぱな奉《ほう》仕《し》者《しゃ》になります。信《しん》仰《こう》のことばと、あなたが従《したが》って来《き》た良《よ》い教《おし》えのことばとによって養《やしな》われているからです。
1テモテ 4:7 俗《ぞく》悪《あく》で愚《ぐ》にもつかぬ空《くう》想《そう》話《ばなし》を避《さ》けなさい。むしろ、敬《けい》虔《けん》のために自《じ》分《ぶん》を鍛《たん》練《れん》しなさい。
1テモテ 4:8 肉《にく》体《たい》の鍛《たん》練《れん》もいくらかは有《ゆう》益《えき》ですが、今《いま》のいのちと未《み》来《らい》のいのちが約《やく》束《そく》されている敬《けい》虔《けん》は、すべてに有《ゆう》益《えき》です。
1テモテ 4:9 このことばは、真《しん》実《じつ》であり、そのまま受《う》け入《い》れるに値《あたい》することばです。
1テモテ 4:10 私たちはそのために労《ろう》し、また苦《く》心《しん》しているのです。それは、すべての人《ひと》々《びと》、ことに信《しん》じる人《ひと》々《びと》の救《すく》い主《ぬし》である、生《い》ける神《かみ》に望《のぞ》みを置《お》いているからです。
1テモテ 4:11 これらのことを命《めい》じ、また教《おし》えなさい。
1テモテ 4:12 年《とし》が若《わか》いからといって、だれにも軽《かる》く見《み》られないようにしなさい。かえって、ことばにも、態《たい》度《ど》にも、愛《あい》にも、信《しん》仰《こう》にも、純《じゅん》潔《けつ》にも信《しん》者《じゃ》の模《も》範《はん》になりなさい。
1テモテ 4:13 私が行《い》くまで、聖《せい》書《しょ》の朗《ろう》読《どく》と勧《すす》めと教《おし》えとに専《せん》念《ねん》しなさい。
1テモテ 4:14 長《ちょう》老《ろう》たちによる按《あん》手《しゅ》を受《う》けたとき、預《よ》言《げん》によって与《あた》えられた、あなたのうちにある聖《せい》霊《れい》の賜《たま》物《もの》を軽《かろ》んじてはいけません。
1テモテ 4:15 これらの務《つと》めに心《こころ》を砕《くだ》き、しっかりやりなさい。そうすれば、あなたの進《しん》歩《ぽ》はすべての人《ひと》に明《あき》らかになるでしょう。
1テモテ 4:16 自《じ》分《ぶん》自《じ》身《しん》にも、教《おし》える事《こと》にも、よく気《き》をつけなさい。あくまでそれを続《つづ》けなさい。そうすれば、自《じ》分《ぶん》自《じ》身《しん》をも、またあなたの教《おし》えを聞《き》く人《ひと》たちをも救《すく》うことになります。

2020年 09月 25日

1テモテ 5

1テモテ 5:1 年《とし》寄《よ》りをしかってはいけません。むしろ、父《ちち》親《おや》に対《たい》するように勧《すす》めなさい。若《わか》い人《ひと》たちには兄《きょう》弟《だい》に対《たい》するように、
1テモテ 5:2 年《とし》とった婦《ふ》人《じん》たちには母《はは》親《おや》に対《たい》するように、若《わか》い女《おんな》たちには真《しん》に混《ま》じりけのない心《こころ》で姉《し》妹《まい》に対《たい》するように勧《すす》めなさい。
1テモテ 5:3 やもめの中《なか》でもほんとうのやもめを敬《うやま》いなさい。
1テモテ 5:4 しかし、もし、やもめに子《こ》どもか孫《まご》かがいるなら、まずこれらの者《もの》に、自《じ》分《ぶん》の家《いえ》の者《もの》に敬《けい》愛《あい》を示《しめ》し、親《おや》の恩《おん》に報《むく》いる習《しゅう》慣《かん》をつけさせなさい。それが神《かみ》に喜《よろこ》ばれることです。
1テモテ 5:5 ほんとうのやもめで、身《み》寄《よ》りのない人《ひと》は、望《のぞ》みを神《かみ》に置《お》いて、昼《ひる》も夜《よる》も絶《た》えず神《かみ》に願《ねが》いと祈《いの》りをささげていますが、
1テモテ 5:6 自《じ》堕《だ》落《らく》な生《せい》活《かつ》をしているやもめは、生《い》きてはいても、もう死《し》んだ者《もの》なのです。
1テモテ 5:7 彼《かの》女《じょ》たちがそしりを受《う》けることのないように、これらのことを命《めい》じなさい。
1テモテ 5:8 もしも親《しん》族《ぞく》、ことに自《じ》分《ぶん》の家《か》族《ぞく》を顧《かえり》みない人《ひと》がいるなら、その人《ひと》は信《しん》仰《こう》を捨《す》てているのであって、不《ふ》信《しん》者《じゃ》よりも悪《わる》いのです。
1テモテ 5:9 やもめとして名《めい》簿《ぼ》に載《の》せるのは、六十歳《さい》未《み》満《まん》の人《ひと》でなく、ひとりの夫《おっと》の妻《つま》であった人《ひと》で、
1テモテ 5:10 良《よ》い行《おこな》いによって認《みと》められている人《ひと》、すなわち、子《こ》どもを育《そだ》て、旅《たび》人《びと》をもてなし、聖《せい》徒《と》の足《あし》を洗《あら》い、困《こま》っている人《ひと》を助《たす》け、すべての良《よ》いわざに務《つと》め励《はげ》んだ人《ひと》としなさい。
1テモテ 5:11 若《わか》いやもめは断《ことわ》りなさい。というのは、彼《かの》女《じょ》たちは、キリストにそむいて情《じょう》欲《よく》に引《ひ》かれると、結《けっ》婚《こん》したがり、
1テモテ 5:12 初《はじ》めの誓《ちか》いを捨《す》てたという非《ひ》難《なん》を受《う》けることになるからです。
1テモテ 5:13 そのうえ、怠《なま》けて、家《いえ》々《いえ》を遊《あそ》び歩《ある》くことを覚《おぼ》え、ただ怠《なま》けるだけでなく、うわさ話《ばなし》やおせっかいをして、話《は》し《な》てはいけないことまで話《はな》します。
1テモテ 5:14 ですから、私が願《ねが》うのは、若《わか》いやもめは結《けっ》婚《こん》し、子《こ》どもを産《う》み、家《か》庭《てい》を治《おさ》め、反《はん》対《たい》者《しゃ》にそしる機《き》会《かい》を与《あた》えないことです。
1テモテ 5:15 というのは、すでに、道《みち》を踏《ふ》みはずし、サタンのあとについて行《い》った者《もの》があるからです。
1テモテ 5:16 もし信《しん》者《じゃ》である婦《ふ》人《じん》の身《み》内《うち》にやもめがいたら、その人《ひと》がそのやもめを助《たす》け、教《きょう》会《かい》には負《ふ》担《たん》をかけないようにしなさい。そうすれば、教《きょう》会《かい》はほんとうのやもめを助《たす》けることができます。
1テモテ 5:17 よく指《し》導《どう》の任《にん》に当《あ》たっている長《ちょう》老《ろう》は、二《に》重《じゅう》に尊《そん》敬《けい》を受《う》けるにふさわしいとしなさい。みことばと教《おし》えのためにほねおっている長《ちょう》老《ろう》は特《とく》にそうです。
1テモテ 5:18 聖《せい》書《しょ》に「穀《こく》物《もつ》をこなしている牛《うし》に、くつこを掛《か》けてはいけない」、また「働《はたら》き手《て》が報《ほう》酬《しゅう》を受《う》けることは当《とう》然《ぜん》である」と言《い》われているからです。
1テモテ 5:19 長《ちょう》老《ろう》に対《たい》する訴《うった》えは、ふたりか三人《にん》の証《しょう》人《にん》がなければ、受《じゅ》理《り》してはいけません。
1テモテ 5:20 罪《つみ》を犯《おか》している者《もの》をすべての人《ひと》の前《まえ》で責《せ》めなさい。ほかの人《ひと》をも恐《おそ》れさせるためです。
1テモテ 5:21 私は、神《かみ》とキリスト・イエスと選《えら》ばれた御《み》使《つか》いたちとの前《まえ》で、あなたにおごそかに命《めい》じます。これらのことを偏《へん》見《けん》なしに守《まも》り、何《なに》事《ごと》もかたよらないで行《おこな》いなさい。
1テモテ 5:22 また、だれにでも軽《かる》々《がる》しく按《あん》手《しゅ》をしてはいけません。また、他《た》人《にん》の罪《つみ》にかかわりを持《も》ってはいけません。自《じ》分《ぶん》を清《きよ》く保《たも》ちなさい。
1テモテ 5:23 これからは水《みず》ばかり飲《の》まないで、胃《い》のために、また、たびたび起《お》こる病《びょう》気《き》のためにも、少《しょう》量《りょう》のぶどう酒《しゅ》を用《もち》いなさい。
1テモテ 5:24 ある人《ひと》たちの罪《つみ》は、それがさばきを受《う》ける前《まえ》から、だれの目《め》にも明《あき》らかですが、ある人《ひと》たちの罪《つみ》は、あとで明《あき》らかになります。
1テモテ 5:25 同《おな》じように、良《よ》い行《おこな》いは、だれの目《め》にも明《あき》らかですが、そうでない場《ば》合《あい》でも、いつまでも隠《かく》れたままでいることはありません。