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2020年 03月 30日

ルカ 22

ルカ 22:1 さて、過《すぎ》越《こし》の祭《まつ》りといわれる、種《たね》なしパンの祝《いわ》いが近《ちか》づいていた。
ルカ 22:2 祭《さい》司《し》長《ちょう》、律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちは、イエスを殺《ころ》すための良《よ》い方《ほう》法《ほう》を捜《さが》していた。というのは、彼《かれ》らは民《みん》衆《しゅう》を恐《おそ》れていたからである。
ルカ 22:3 さて、十二弟《で》子《し》のひとりで、イスカリオテと呼《よ》ばれるユダに、サタンが入《はい》った。
ルカ 22:4 ユダは出《で》かけて行《い》って、祭《さい》司《し》長《ちょう》たちや宮《みや》の守《しゅ》衛《えい》長《ちょう》たちと、どのようにしてイエスを彼《かれ》らに引《ひ》き渡《わた》そうかと相《そう》談《だん》した。
ルカ 22:5 彼《かれ》らは喜《よろこ》んで、ユダに金《かね》をやる約《やく》束《そく》をした。
ルカ 22:6 ユダは承《しょう》知《ち》した。そして群《ぐん》衆《しゅう》のいないときにイエスを彼《かれ》らに引《ひ》き渡《わた》そうと機《き》会《かい》をねらっていた。
ルカ 22:7 さて、過《すぎ》越《こし》の小《こ》羊《ひつじ》のほふられる、種《たね》なしパンの日《ひ》が来《き》た。
ルカ 22:8 イエスは、こう言《い》ってペテロとヨハネを遣《つか》わされた。「わたしたちの過《すぎ》越《こし》の食《しょく》事《じ》ができるように、準《じゅん》備《び》をしに行《い》きなさい。」
ルカ 22:9 彼《かれ》らはイエスに言《い》った。「どこに準《じゅん》備《び》しましょうか。」
ルカ 22:10 イエスは言《い》われた。「町《まち》に入《はい》ると、水《みず》がめを運《はこ》んでいる男《おとこ》に会《あ》うから、その人《ひと》が入《はい》る家《いえ》にまでついて行《い》きなさい。
ルカ 22:11 そして、その家《いえ》の主《しゅ》人《じん》に、『弟《で》子《し》たちといっしょに過《すぎ》越《こし》の食《しょく》事《じ》をする客《きゃく》間《ま》はどこか、と先《せん》生《せい》があなたに言《い》っておられる』と言《い》いなさい。
ルカ 22:12 すると主《しゅ》人《じん》は、席《せき》が整《ととの》っている二階《かい》の大《おお》広《ひろ》間《ま》を見《み》せてくれます。そこで準《じゅん》備《び》をしなさい。」
ルカ 22:13 彼《かれ》らが出《で》かけて見《み》ると、イエスの言《い》われたとおりであった。それで、彼《かれ》らは過《すぎ》越《こし》の食《しょく》事《じ》の用《よう》意《い》をした。
ルカ 22:14 さて時《じ》間《かん》になって、イエスは食《しょく》卓《たく》に着《つ》かれ、使《し》徒《と》たちもイエスといっしょに席《せき》に着《つ》いた。
ルカ 22:15 イエスは言《い》われた。「わたしは、苦《くる》しみを受《う》ける前《まえ》に、あなたがたといっしょに、この過《すぎ》越《こし》の食《しょく》事《じ》をすることをどんなに望《のぞ》んでいたことか。
ルカ 22:16 あなたがたに言《い》いますが、過《すぎ》越《こし》が神《かみ》の国《くに》において成《じょう》就《じゅ》するまでは、わたしはもはや二度《ど》と過《すぎ》越《こし》の食《しょく》事《じ》をすることはありません。」
ルカ 22:17 そしてイエスは、杯《さかずき》を取《と》り、感《かん》謝《しゃ》をささげて後《のち》、言《い》われた。「これを取《と》って、互《たが》いに分《わ》けて飲《の》みなさい。
ルカ 22:18 あなたがたに言《い》いますが、今《いま》から、神《かみ》の国《くに》が来《く》る時《とき》までは、わたしはもはや、ぶどうの実《み》で造《つく》った物《もの》を飲《の》むことはありません。」
ルカ 22:19 それから、パンを取《と》り、感《かん》謝《しゃ》をささげてから、裂《さ》いて、弟《で》子《し》たちに与《あた》えて言《い》われた。「これは、あなたがたのために与《あた》える、わたしのからだです。わたしを覚《おぼ》えてこれを行《おこな》いなさい。」
ルカ 22:20 食《しょく》事《じ》の後《のち》、杯《さかずき》も同《おな》じようにして言《い》われた。「この杯《さかずき》は、あなたがたのために流《なが》されるわたしの血《ち》による新《あたら》しい契《けい》約《やく》です。
ルカ 22:21 しかし、見《み》なさい。わたしを裏《うら》切《ぎ》る者《もの》の手《て》が、わたしとともに食《しょく》卓《たく》にあります。
ルカ 22:22 人《ひと》の子《こ》は、定《さだ》められたとおりに去《さ》って行《い》きます。しかし、人《ひと》の子《こ》を裏《うら》切《ぎ》るような人《にん》間《げん》はわざわいです。」
ルカ 22:23 そこで弟《で》子《し》たちは、そんなことをしようとしている者《もの》は、いったいこの中《なか》のだれなのかと、互《たが》いに議《ぎ》論《ろん》をし始《はじ》めた。
ルカ 22:24 また、彼《かれ》らの間《あいだ》には、この中《なか》でだれが一《いち》番《ばん》偉《えら》いだろうかという論《ろん》議《ぎ》も起《お》こった。
ルカ 22:25 すると、イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「異《い》邦《ほう》人《じん》の王《おう》たちは人《ひと》々《びと》を支《し》配《はい》し、また人《ひと》々《びと》の上《うえ》に権《けん》威《い》を持《も》つ者《もの》は守《しゅ》護《ご》者《しゃ》と呼《よ》ばれています。
ルカ 22:26 だが、あなたがたは、それではいけません。あなたがたの間《あいだ》で一《いち》番《ばん》偉《えら》い人《ひと》は一《いち》番《ばん》年《とし》の若《わか》い者《もの》のようになりなさい。また、治《おさ》める人《ひと》は仕《つか》える人《ひと》のようでありなさい。
ルカ 22:27 食《しょく》卓《たく》に着《つ》く人《ひと》と給《きゅう》仕《じ》する者《もの》と、どちらが偉《えら》いでしょう。むろん、食《しょく》卓《たく》に着《つ》く人《ひと》でしょう。しかしわたしは、あなたがたのうちにあって給《きゅう》仕《じ》する者《もの》のようにしています。
ルカ 22:28 けれども、あなたがたこそ、わたしのさまざまの試《し》練《れん》の時《とき》にも、わたしについて来《き》てくれた人《ひと》たちです。
ルカ 22:29 わたしの父《ちち》がわたしに王《おう》権《けん》を与《あた》えてくださったように、わたしもあなたがたに王《おう》権《けん》を与《あた》えます。
ルカ 22:30 それであなたがたは、わたしの国《くに》でわたしの食《しょく》卓《たく》に着《つ》いて食《しょく》事《じ》をし、王《おう》座《ざ》に着《つ》いて、イスラエルの十二の部《ぶ》族《ぞく》をさばくのです。
ルカ 22:31 シモン、シモン。見《み》なさい。サタンが、あなたがたを麦《むぎ》のようにふるいにかけることを願《ねが》って聞《き》き届《とど》けられました。
ルカ 22:32 しかし、わたしは、あなたの信《しん》仰《こう》がなくならないように、あなたのために祈《いの》りました。だからあなたは、立《た》ち直《なお》ったら、兄《きょう》弟《だい》たちを力《ちから》づけてやりなさい。」
ルカ 22:33 シモンはイエスに言《い》った。「主《しゅ》よ。ごいっしょになら、牢《ろう》であろうと、死《し》であろうと、覚《かく》悟《ご》はできております。」
ルカ 22:34 しかし、イエスは言《い》われた。「ペテロ。あなたに言《い》いますが、きょう鶏《にわとり》が鳴《な》くまでに、あなたは三度《ど》、わたしを知《し》らないと言《い》います。」
ルカ 22:35 それから、弟《で》子《し》たちに言《い》われた。「わたしがあなたがたを、財《さい》布《ふ》も旅《りょ》行《こう》袋《ぶくろ》もくつも持《も》たせずに旅《たび》に出《だ》したとき、何《なに》か足《た》りない物《もの》がありましたか。」彼《かれ》らは言《い》った。「いいえ。何《なに》もありませんでした。」
ルカ 22:36 そこで言《い》われた。「しかし、今《いま》は、財《さい》布《ふ》のある者《もの》は財《さい》布《ふ》を持《も》ち、同《おな》じく袋《ふくろ》を持《も》ち、剣《つるぎ》のない者《もの》は着《き》物《もの》を売《う》って剣《つるぎ》を買《か》いなさい。
ルカ 22:37 あなたがたに言《い》いますが、『彼《かれ》は罪《つみ》人《びと》たちの中《なか》に数《かぞ》えられた』と書《か》いてあるこのことが、わたしに必《かなら》ず実《じつ》現《げん》するのです。わたしにかかわることは実《じつ》現《げん》します。」
ルカ 22:38 彼《かれ》らは言《い》った。「主《しゅ》よ。このとおり、ここに剣《つるぎ》が二振《ふ》りあります。」イエスは彼《かれ》らに、「それで十《じゅう》分《ぶん》」と言《い》われた。
ルカ 22:39 それからイエスは出《で》て、いつものようにオリーブ山《やま》に行《い》かれ、弟《で》子《し》たちも従《したが》った。
ルカ 22:40 いつもの場《ば》所《しょ》に着《つ》いたとき、イエスは彼《かれ》らに、「誘《ゆう》惑《わく》に陥《おちい》らないように祈《いの》っていなさい」と言《い》われた。
ルカ 22:41 そしてご自《じ》分《ぶん》は、弟《で》子《し》たちから石《いし》を投《な》げて届《とど》くほどの所《ところ》に離《はな》れて、ひざまずいて、こう祈《いの》られた。
ルカ 22:42 「父《ちち》よ。みこころならば、この杯《さかずき》をわたしから取《と》りのけてください。しかし、わたしの願《ねが》いではなく、みこころのとおりにしてください。」
ルカ 22:43 すると、御《み》使《つか》いが天《てん》からイエスに現《あらわ》れて、イエスを力《ちから》づけた。
ルカ 22:44 イエスは、苦《くる》しみもだえて、いよいよ切《せつ》に祈《いの》られた。汗《あせ》が血《ち》のしずくのように地《ち》に落《お》ちた。
ルカ 22:45 イエスは祈《いの》り終《お》わって立《た》ち上《あ》がり、弟《で》子《し》たちのところに来《き》て見《み》ると、彼《かれ》らは悲《かな》しみの果《は》てに、眠《ねむ》り込《こ》んでしまっていた。
ルカ 22:46 それで、彼《かれ》らに言《い》われた。「なぜ、眠《ねむ》っているのか。起《お》きて、誘《ゆう》惑《わく》に陥《おちい》らないように祈《いの》っていなさい。」
ルカ 22:47 イエスがまだ話《はなし》をしておられるとき、群《ぐん》衆《しゅう》がやって来《き》た。十二弟《で》子《し》のひとりで、ユダという者《もの》が、先《せん》頭《とう》に立《た》っていた。ユダはイエスに口《くち》づけしようとして、みもとに近《ちか》づいた。
ルカ 22:48 だが、イエスは彼《かれ》に、「ユダ。口《くち》づけで、人《ひと》の子《こ》を裏《うら》切《ぎ》ろうとするのか」と言《い》われた。
ルカ 22:49 イエスの回《まわ》りにいた者《もの》たちは、事《こと》の成《な》り行《ゆ》きを見《み》て、「主《しゅ》よ。剣《つるぎ》で撃《う》ちましょうか」と言《い》った。
ルカ 22:50 そしてそのうちのある者《もの》が、大《だい》祭《さい》司《し》のしもべに撃《う》ってかかり、その右《みぎ》の耳《みみ》を切《き》り落《お》とした。
ルカ 22:51 するとイエスは、「やめなさい。それまで」と言《い》われた。そして、耳《みみ》にさわって彼《かれ》をいやされた。
ルカ 22:52 そして押《お》しかけて来《き》た祭《さい》司《し》長《ちょう》、宮《みや》の守《しゅ》衛《えい》長《ちょう》、長《ちょう》老《ろう》たちに言《い》われた。「まるで強《ごう》盗《とう》にでも向《む》かうように、剣《つるぎ》や棒《ぼう》を持《も》ってやって来《き》たのですか。
ルカ 22:53 あなたがたは、わたしが毎《まい》日《にち》宮《みや》でいっしょにいる間《あいだ》は、わたしに手《て》出《だ》しもしなかった。しかし、今《いま》はあなたがたの時《とき》です。暗《くら》やみの力《ちから》です。」
ルカ 22:54 彼《かれ》らはイエスを捕《と》らえ、引《ひ》いて行《い》って、大《だい》祭《さい》司《し》の家《いえ》に連《つ》れて来《き》た。ペテロは、遠《とお》く離《はな》れてついて行《い》った。
ルカ 22:55 彼《かれ》らは中《なか》庭《にわ》の真《ま》ん中《なか》に火《ひ》をたいて、みなすわり込《こ》んだので、ペテロも中《なか》に混《ま》じって腰《こし》をおろした。
ルカ 22:56 すると、女《じょ》中《ちゅう》が、火《ひ》あかりの中《なか》にペテロのすわっているのを見《み》つけ、まじまじと見《み》て言《い》った。「この人《ひと》も、イエスといっしょにいました。」
ルカ 22:57 ところが、ペテロはそれを打《う》ち消《け》して、「いいえ、私はあの人《ひと》を知《し》りません」と言《い》った。
ルカ 22:58 しばらくして、ほかの男《おとこ》が彼《かれ》を見《み》て、「あなたも、彼《かれ》らの仲《なか》間《ま》だ」と言《い》った。しかしペテロは、「いや、違《ちが》います」と言《い》った。
ルカ 22:59 それから一時《じ》間《かん》ほどたつと、また別《べつ》の男《おとこ》が、「確《たし》かにこの人《ひと》も彼《かれ》といっしょだった。この人《ひと》もガリラヤ人《じん》だから」と言《い》い張《は》った。
ルカ 22:60 しかしペテロは、「あなたの言《い》うことは私にはわかりません」と言《い》った。それといっしょに、彼《かれ》がまだ言《い》い終《お》えないうちに、鶏《にわとり》が鳴《な》いた。
ルカ 22:61 主《しゅ》が振《ふ》り向《む》いてペテロを見《み》つめられた。ペテロは、「きょう、鶏《にわとり》が鳴《な》くまでに、あなたは、三度《ど》わたしを知《し》らないと言《い》う」と言《い》われた主《しゅ》のおことばを思《おも》い出《だ》した。
ルカ 22:62 彼《かれ》は、外《そと》に出《で》て、激《はげ》しく泣《な》いた。
ルカ 22:63 さて、イエスの監《かん》視《し》人《にん》どもは、イエスをからかい、むちでたたいた。
ルカ 22:64 そして目《め》隠《かく》しをして。「言《い》い当《あ》ててみろ。今《いま》たたいたのはだれか」と聞《き》いたりした。
ルカ 22:65 また、そのほかさまざまな悪《あっ》口《こう》をイエスに浴《あ》びせた。
ルカ 22:66 夜《よ》が明《あ》けると、民《たみ》の長《ちょう》老《ろう》会《かい》、それに祭《さい》司《し》長《ちょう》、律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちが、集《あつ》まった。彼《かれ》らはイエスを議《ぎ》会《かい》に連《つ》れ出《だ》し、
ルカ 22:67 こう言《い》った。「あなたがキリストなら、そうだと言《い》いなさい。」しかしイエスは言《い》われた。「わたしが言《い》っても、あなたがたは決《けっ》して信《しん》じないでしょうし、
ルカ 22:68 わたしが尋《たず》ねても、あなたがたは決《けっ》して答《こた》えないでしょう。
ルカ 22:69 しかし今《いま》から後《のち》、人《ひと》の子《こ》は、神《かみ》の大《たい》能《のう》の右《みぎ》の座《ざ》に着《つ》きます。」
ルカ 22:70 彼《かれ》らはみなで言《い》った。「ではあなたは神《かみ》の子《こ》ですか。」すると、イエスは彼《かれ》らに「あなたがたの言《い》うとおり、わたしはそれです」と言《い》われた。
ルカ 22:71 すると彼《かれ》らは「これでもまだ証《しょう》人《にん》が必《ひつ》要《よう》でしょうか。私たち自《じ》身《しん》が彼《かれ》の口《くち》から直《ちょく》接《せつ》それを聞《き》いたのだから」と言《い》った。

2020年 03月 31日

ルカ 23

ルカ 23:1 そこで、彼《かれ》らは全《ぜん》員《いん》が立《た》ち上《あ》がり、イエスをピラトのもとに連《つ》れて行《い》った。
ルカ 23:2 そしてイエスについて訴《うった》え始《はじ》めた。彼《かれ》らは言《い》った。「この人《ひと》はわが国《こく》民《みん》を惑《まど》わし、カイザルに税《ぜい》金《きん》を納《おさ》めることを禁《きん》じ、自《じ》分《ぶん》は王《おう》キリストだと言《い》っていることがわかりました。」
ルカ 23:3 するとピラトはイエスに、「あなたは、ユダヤ人《じん》の王《おう》ですか」と尋《たず》ねた。イエスは答《こた》えて。「そのとおりです」と言《い》われた。
ルカ 23:4 ピラトは祭《さい》司《し》長《ちょう》たちや群《ぐん》衆《しゅう》に。「この人《ひと》には何《なん》の罪《つみ》も見《み》つからない」と言《い》った。
ルカ 23:5 しかし彼《かれ》らはあくまで言《い》い張《は》って、「この人《ひと》は、ガリラヤからここまで、ユダヤ全《ぜん》土《ど》で教《おし》えながら、この民《たみ》を扇《せん》動《どう》しているのです」と言《い》った。
ルカ 23:6 それを聞《き》いたピラトは、この人《ひと》はガリラヤ人《じん》かと尋《たず》ねて、
ルカ 23:7 ヘロデの支《し》配《はい》下《か》にあるとわかると、イエスをヘロデのところに送《おく》った。ヘロデもそのころエルサレムにいたからである。
ルカ 23:8 ヘロデはイエスを見《み》ると非《ひ》常《じょう》に喜《よろこ》んだ。ずっと前《まえ》からイエスのことを聞《き》いていたので、イエスに会《あ》いたいと思《おも》っていたし、イエスの行《おこな》う何《なに》かの奇《き》蹟《せき》を見《み》たいと考《かんが》えていたからである。
ルカ 23:9 それで、いろいろと質《しつ》問《もん》したが、イエスは彼《かれ》に何《なに》もお答《こた》えにならなかった。
ルカ 23:10 祭《さい》司《し》長《ちょう》たちと律《りっ》法《ぽう》学《がく》者《しゃ》たちは立《た》って、イエスを激《はげ》しく訴《うった》えていた。
ルカ 23:11 ヘロデは、自《じ》分《ぶん》の兵《へい》士《し》たちといっしょにイエスを侮《ぶ》辱《じょく》したり嘲《ちょう》弄《ろう》したりしたあげく、はでな衣《ころも》を着《き》せて、ピラトに送《おく》り返《かえ》した。
ルカ 23:12 この日《ひ》、ヘロデとピラトは仲《なか》よくなった。それまでは互《たが》いに敵《てき》対《たい》していたのである。
ルカ 23:13 ピラトは祭《さい》司《し》長《ちょう》たちと指《し》導《どう》者《しゃ》たちと民《みん》衆《しゅう》とを呼《よ》び集《あつ》め、
ルカ 23:14 こう言《い》った。「あなたがたは、この人《ひと》を、民《みん》衆《しゅう》を惑《まど》わす者《もの》として、私のところに連《つ》れて来《き》たけれども、私があなたがたの前《まえ》で取《と》り調《しら》べたところ、あなたがたが訴《うった》えているような罪《つみ》は別《べつ》に何《なに》も見《み》つかりません。
ルカ 23:15 ヘロデとても同《おな》じです。彼《かれ》は私たちにこの人《ひと》を送《おく》り返《かえ》しました。見《み》なさい。この人《ひと》は、死《し》罪《ざい》に当《あ》たることは、何《なに》一つしていません。
ルカ 23:16 だから私は、懲《こ》らしめたうえで、釈《しゃく》放《ほう》します。」
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ルカ 23:18 しかし彼《かれ》らは、声《こえ》をそろえて叫《さけ》んだ。「この人《ひと》を除《のぞ》け。バラバを釈《しゃく》放《ほう》しろ。」
ルカ 23:19 バラバとは、都《みやこ》に起《お》こった暴《ぼう》動《どう》と人《ひと》殺《ごろ》しのかどで、牢《ろう》に入《はい》っていた者《もの》である。
ルカ 23:20 ピラトは、イエスを釈《しゃく》放《ほう》しようと思《おも》って、彼《かれ》らに、もう一度《ど》呼《よ》びかけた。
ルカ 23:21 しかし、彼《かれ》らは叫《さけ》び続《つづ》けて、「十《じゅう》字《じ》架《か》だ。十《じゅう》字《じ》架《か》につけろ」と言《い》った。
ルカ 23:22 しかしピラトは三度《ど》目《め》に彼《かれ》らにこう言《い》った。「あの人《ひと》がどんな悪《わる》いことをしたというのか。あの人《ひと》には、死《し》に当《あ》たる罪《つみ》は、何《なに》も見《み》つかりません。だから私は、懲《こ》らしめたうえで、釈《しゃく》放《ほう》します。」
ルカ 23:23 ところが、彼《かれ》らはあくまで主《しゅ》張《ちょう》し続《つづ》け、十《じゅう》字《じ》架《か》につけるよう大《おお》声《ごえ》で要《よう》求《きゅう》した。そしてついにその声《こえ》が勝《か》った。
ルカ 23:24 ピラトは、彼《かれ》らの要《よう》求《きゅう》どおりにすることを宣《せん》告《こく》した。
ルカ 23:25 すなわち、暴《ぼう》動《どう》と人《ひと》殺《ごろ》しのかどで牢《ろう》に入《はい》っていた男《おとこ》を願《ねが》いどおりに釈《しゃく》放《ほう》し、イエスを彼《かれ》らに引《ひ》き渡《わた》して好《す》きなようにさせた。
ルカ 23:26 彼《かれ》らは、イエスを引《ひ》いて行《い》く途《と》中《ちゅう》、いなかから出《で》て来《き》たシモンというクレネ人《じん》をつかまえ、この人《ひと》に十《じゅう》字《じ》架《か》を負《お》わせてイエスのうしろから運《はこ》ばせた。
ルカ 23:27 大《おお》ぜいの民《みん》衆《しゅう》やイエスのことを嘆《なげ》き悲《かな》しむ女《おんな》たちの群《む》れが、イエスのあとについて行《い》った。
ルカ 23:28 しかしイエスは、女《おんな》たちのほうに向《む》いて、こう言《い》われた。「エルサレムの娘《むすめ》たち。わたしのことで泣《な》いてはいけない。むしろ自《じ》分《ぶん》自《じ》身《しん》と、自《じ》分《ぶん》の子《こ》どもたちのことのために泣《な》きなさい。
ルカ 23:29 なぜなら人《ひと》々《びと》が、『不《ふ》妊《にん》の女《おんな》、子《こ》を産《う》んだことのない胎《たい》、飲《の》ませたことのない乳《ち》房《ぶさ》は、幸《さいわ》いだ』と言《い》う日《ひ》が来《く》るのですから。
ルカ 23:30 そのとき、人《ひと》々《びと》は山《やま》に向《む》かって、『われわれの上《うえ》に倒《たお》れかかってくれ』と言《い》い、丘《おか》に向《む》かって、『われわれをおおってくれ』と言《い》い始《はじ》めます。
ルカ 23:31 彼《かれ》らが生《なま》木《き》にこのようなことをするのなら、枯《か》れ木《き》には、いったい、何《なに》が起《お》こるでしょう。」
ルカ 23:32 ほかにもふたりの犯《はん》罪《ざい》人《にん》が、イエスとともに死《し》刑《けい》にされるために、引《ひ》かれて行《い》った。
ルカ 23:33 「どくろ」と呼《よ》ばれている所《ところ》に来《く》ると、そこで彼《かれ》らは、イエスと犯《はん》罪《ざい》人《にん》とを十《じゅう》字《じ》架《か》につけた。犯《はん》罪《ざい》人《にん》のひとりは右《みぎ》に、ひとりは左《ひだり》に。
ルカ 23:34 そのとき、イエスはこう言《い》われた。「父《ち》よ《ち》。彼《かれ》らをお赦《ゆる》しください。彼《かれ》らは、何《なに》をしているのか自《じ》分《ぶん》でわからないのです。」彼《かれ》らは、くじを引《ひ》いて、イエスの着《き》物《もの》を分《わ》けた。
ルカ 23:35 民《みん》衆《しゅう》はそばに立《た》ってながめていた。指《し》導《どう》者《しゃ》たちもあざ笑《わら》って言《い》った。「あれは他《た》人《にん》を救《すく》った。もし、神《かみ》のキリストで、選《えら》ばれた者《もの》なら、自《じ》分《ぶん》を救《すく》ってみろ。」
ルカ 23:36 兵《へい》士《し》たちもイエスをあざけり、そばに寄《よ》って来《き》て、酸《す》いぶどう酒《しゅ》を差《さ》し出《だ》し、
ルカ 23:37 「ユダヤ人《じん》の王《おう》なら、自《じ》分《ぶん》を救《すく》え」と言《い》った。
ルカ 23:38 「これはユダヤ人《じん》の王《おう》」と書《か》いた札《ふだ》もイエスの頭《ず》上《じょう》に掲《かか》げてあった。
ルカ 23:39 十《じゅう》字《じ》架《か》にかけられていた犯《はん》罪《ざい》人《にん》のひとりはイエスに悪《あっ》口《こう》を言《い》い、「あなたはキリストではないか。自《じ》分《ぶん》と私たちを救《すく》え」と言《い》った。
ルカ 23:40 ところが、もうひとりのほうが答《こた》えて、彼《かれ》をたしなめて言《い》った。「おまえは神《かみ》をも恐《おそ》れないのか。おまえも同《おな》じ刑《けい》罰《ばつ》を受《う》けているではないか。
ルカ 23:41 われわれは、自《じ》分《ぶん》のしたことの報《むく》いを受《う》けているのだからあたりまえだ。だがこの方《かた》は、悪《わる》いことは何《なに》もしなかったのだ。」
ルカ 23:42 そして言《い》った。「イエスさま。あなたの御《み》国《くに》の位《くらい》にお着《つ》きになるときには、私を思《おも》い出《だ》してください。」
ルカ 23:43 イエスは、彼《かれ》に言《い》われた。「まことに、あなたに告《つ》げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
ルカ 23:44 そのときすでに十二時《じ》ごろになっていたが、全《ぜん》地《ち》が暗《くら》くなって、三時《じ》まで続《つづ》いた。
ルカ 23:45 太《たい》陽《よう》は光《ひかり》を失《うしな》っていた。また、神《しん》殿《でん》の幕《まく》は真《ま》っ二《ぷた》つに裂《さ》けた。
ルカ 23:46 イエスは大《おお》声《ごえ》で叫《さけ》んで、言《い》われた。「父《ちち》よ。わが霊《れい》を御《み》手《て》にゆだねます。」こう言《い》って、息《いき》を引《ひ》き取《と》られた。
ルカ 23:47 この出《で》来《き》事《ごと》を見《み》た百《ひゃく》人《にん》隊《たい》長《ちょう》は、神《かみ》をほめたたえ、「ほんとうに、この人《ひと》は正《ただ》しい方《かた》であった」と言《い》った。
ルカ 23:48 また、この光《こう》《けい》を見《み》に集《あつ》まっていた群《ぐん》衆《しゅう》もみな、こういういろいろの出《で》来《き》事《ごと》を見《み》たので、胸《むね》をたたいて悲《かな》しみながら帰《かえ》った。
ルカ 23:49 しかし、イエスの知《ち》人《じん》たちと、ガリラヤからイエスについて来《き》ていた女《おんな》たちとはみな、遠《とお》く離《はな》れて立《た》ち、これらのことを見《み》ていた。
ルカ 23:50 さてここに、ヨセフという、議《ぎ》員《いん》のひとりで、りっぱな、正《ただ》しい人《ひと》がいた。
ルカ 23:51 この人《ひと》は議《ぎ》員《いん》たちの計《けい》画《かく》や行《こう》動《どう》には同《どう》意《い》しなかった。彼《かれ》は、アリマタヤというユダヤ人《じん》の町《まち》の人《ひと》で、神《かみ》の国《くに》を待《ま》ち望《のぞ》んでいた。
ルカ 23:52 この人《ひと》が、ピラトのところに行《い》って、イエスのからだの下《さ》げ渡《わた》しを願《ねが》った。
ルカ 23:53 それから、イエスを取《と》り降《お》ろして、亜《あ》麻《ま》布《ぬの》で包《つつ》み、そして、まだだれをも葬《ほうむ》ったことのない、岩《いわ》に掘《ほ》られた墓《はか》にイエスを納《おさ》めた。
ルカ 23:54 この日《ひ》は準《じゅん》備《び》の日《ひ》で、もう安《あん》息《そく》日《にち》が始《はじ》まろうとしていた。
ルカ 23:55 ガリラヤからイエスといっしょに出《で》て来《き》た女《おんな》たちは、ヨセフについて行《い》って、墓《はか》と、イエスのからだの納《おさ》められる様《よう》子《す》を見《み》届《とど》けた。
ルカ 23:56 そして、戻《もど》って来《き》て、香《こう》料《りょう》と香《こう》油《ゆ》を用《よう》意《い》した。安《あん》息《そく》日《にち》には、戒《いまし》めに従《したが》って、休《やす》んだが、

2020年 04月 01日

ルカ 24

ルカ 24:1 週《しゅう》の初《はじ》めの日《ひ》の明《あ》け方《がた》早《はや》く、女《おんな》たちは、準《じゅん》備《び》しておいた香《こう》料《りょう》を持《も》って墓《はか》に着《つ》いた。
ルカ 24:2 見《み》ると、石《いし》が墓《はか》からわきにころがしてあった。
ルカ 24:3 入《はい》って見《み》ると、主《しゅ》イエスのからだはなかった。
ルカ 24:4 そのため女《おんな》たちが途《と》方《ほう》にくれていると、見《み》よ、まばゆいばかりの衣《ころも》を着《き》たふたりの人《ひと》が、女《おんな》たちの近《ちか》くに来《き》た。
ルカ 24:5 恐《おそ》ろしくなって、地《じ》面《めん》に顔《かお》を伏《ふ》せていると、その人《ひと》たちはこう言《い》った。「あなたがたは、なぜ生《い》きている方《かた》を死《し》人《にん》の中《なか》で捜《さが》すのですか。
ルカ 24:6 ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話《はな》しになったことを思《おも》い出《だ》しなさい。
ルカ 24:7 人《ひと》の子《こ》は必《かなら》ず罪《つみ》人《びと》らの手《て》に引《ひ》き渡《わた》され、十《じゅう》字《じ》架《か》につけられ、三《みっ》日《か》目《め》によみがえらなければならない、と言《い》われたでしょう。」
ルカ 24:8 女《おんな》たちはイエスのみことばを思《おも》い出《だ》した。
ルカ 24:9 そして、墓《はか》から戻《もど》って、十一弟《で》子《し》とそのほかの人《ひと》たち全《ぜん》部《ぶ》に、一《いち》部《ぶ》始《し》終《じゅう》を報《ほう》告《こく》した。
ルカ 24:10 この女《おんな》たちは、マグダラのマリヤとヨハンナとヤコブの母《はは》マリヤとであった。彼《かの》女《じょ》たちといっしょにいたほかの女《おんな》たちも、このことを使《し》徒《と》たちに話《はな》した。
ルカ 24:11 ところが使《し》徒《と》たちにはこの話《はなし》はたわごとと思《おも》われたので、彼《かれ》らは女《おんな》たちを信《しん》用《よう》しなかった。
ルカ 24:12 〔しかしペテロは、立《た》ち上《あ》がると走《はし》って墓《はか》へ行《い》き、かがんでのぞき込《こ》んだところ、亜《あ》麻《ま》布《ぬの》だけがあった。それで、この出《で》来《き》事《ごと》に驚《おどろ》いて家《いえ》に帰《かえ》った。〕
ルカ 24:13 ちょうどこの日《ひ》、ふたりの弟《で》子《し》が、エルサレムから十一キロメートル余《あま》り離《はな》れたエマオという村《むら》に行《い》く途《と》中《ちゅう》であった。
ルカ 24:14 そして、ふたりでこのいっさいの出《で》来《き》事《ごと》について話《はな》し合《あ》っていた。
ルカ 24:15 話《はな》し合《あ》ったり、論《ろん》じ合《あ》ったりしているうちに、イエスご自《じ》身《しん》が近《ちか》づいて、彼《かれ》らとともに道《みち》を歩《ある》いておられた。
ルカ 24:16 しかしふたりの目《め》はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった。
ルカ 24:17 イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「歩《ある》きながらふたりで話《はな》し合《あ》っているその話《はなし》は、何《なん》のことですか。」すると、ふたりは暗《くら》い顔《かお》つきになって、立《た》ち止《ど》まった。
ルカ 24:18 クレオパというほうが答《こた》えて言《い》った。「エルサレムにいながら、近《ちか》ごろそこで起《お》こった事《こと》を、あなただけが知《し》らなかったのですか。」
ルカ 24:19 イエスが、「どんな事《こと》ですか」と聞《き》かれると、ふたりは答《こた》えた。「ナザレ人《じん》イエスのことです。この方《かた》は、神《かみ》とすべての民《たみ》の前《まえ》で、行《おこな》いにもことばにも力《ちから》のある預《よ》言《げん》者《しゃ》でした。
ルカ 24:20 それなのに、私たちの祭《さい》司《し》長《ちょう》や指《し》導《どう》者《しゃ》たちは、この方《かた》を引《ひ》き渡《わた》して、死《し》刑《けい》に定《さだ》め、十《じゅう》字《じ》架《か》につけたのです。
ルカ 24:21 しかし私たちは、この方《かた》こそイスラエルを贖《あがな》ってくださるはずだ、と望《のぞ》みをかけていました。事《じ》実《じつ》、そればかりでなく、その事《こと》があってから三《みっ》日《か》目《め》になりますが、
ルカ 24:22 また仲《なか》間《ま》の女《おんな》たちが私たちを驚《おどろ》かせました。その女《おんな》たちは朝《あさ》早《はや》く墓《はか》に行《い》ってみましたが、
ルカ 24:23 イエスのからだが見《み》当《あ》たらないので、戻《もど》って来《き》ました。そして御《み》使《つか》いたちの幻《まぼろし》を見《み》たが、御《み》使《つか》いたちがイエスは生《い》きておられると告《つ》げた、と言《い》うのです。
ルカ 24:24 それで、仲《なか》間《ま》の何《なん》人《にん》かが墓《はか》に行《い》ってみたのですが、はたして女《おんな》たちの言《い》ったとおりで、イエスさまは見《み》当《あ》たらなかった、というのです。」
ルカ 24:25 するとイエスは言《い》われた。「ああ、愚《おろ》かな人《ひと》たち。預《よ》言《げん》者《しゃ》たちの言《い》ったすべてを信《しん》じない、心《こころ》の鈍《にぶ》い人《ひと》たち。
ルカ 24:26 キリストは、必《かなら》ず、そのような苦《くる》しみを受《う》けて、それから、彼《かれ》の栄《えい》光《こう》に入《はい》るはずではなかったのですか。」
ルカ 24:27 それから、イエスは、モーセおよびすべての預《よ》言《げん》者《しゃ》から始《はじ》めて、聖《せい》書《しょ》全《ぜん》体《たい》の中《なか》で、ご自《じ》分《ぶん》について書《か》いてある事《こと》がらを彼《かれ》らに説《と》き明《あ》かされた。
ルカ 24:28 彼《かれ》らは目《もく》的《てき》の村《むら》に近《ちか》づいたが、イエスはまだ先《さき》へ行《い》きそうなご様《よう》子《す》であった。
ルカ 24:29 それで、彼《かれ》らが、「いっしょにお泊《と》まりください。そろそろ夕《ゆう》刻《こく》になりますし、日《ひ》もおおかた傾《かたむ》きましたから」と言《い》って無《む》理《り》に願《ねが》ったので、イエスは彼《かれ》らといっしょに泊《と》まるために中《なか》に入《はい》られた。
ルカ 24:30 彼《かれ》らとともに食《しょく》卓《たく》に着《つ》かれると、イエスはパンを取《と》って祝《しゅく》福《ふく》し、裂《さ》いて彼《かれ》らに渡《わた》された。
ルカ 24:31 それで、彼《かれ》らの目《め》が開《ひら》かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼《かれ》らには見《み》えなくなった。
ルカ 24:32 そこでふたりは話《はな》し合《あ》った。「道《みち》々《みち》お話《はな》しになっている間《あいだ》も、聖《せい》書《しょ》を説《せつ》明《めい》してくださった間《あいだ》も、私たちの心《こころ》はうちに燃《も》えていたではないか。」
ルカ 24:33 すぐさまふたりは立《た》って、エルサレムに戻《もど》ってみると、十一使《し》徒《と》とその仲《なか》間《ま》が集《あつ》まって、
ルカ 24:34 「ほんとうに主《しゅ》はよみがえって、シモンにお姿《すがた》を現《あらわ》された」と言《い》っていた。
ルカ 24:35 彼《かれ》らも、道《みち》であったいろいろなことや、パンを裂《さ》かれたときにイエスだとわかった次《し》第《だい》を話《はな》した。
ルカ 24:36 これらのことを話《はな》している間《あいだ》に、イエスご自《じ》身《しん》が彼《かれ》らの真《ま》ん中《なか》に立《た》たれた。
ルカ 24:37 彼《かれ》らは驚《おどろ》き恐《おそ》れて、霊《れい》を見《み》ているのだと思《おも》った。
ルカ 24:38 すると、イエスは言《い》われた。「なぜ取《と》り乱《みだ》しているのですか。どうして心《こころ》に疑《うたが》いを起《お》こすのですか。
ルカ 24:39 わたしの手《て》やわたしの足《あし》を見《み》なさい。まさしくわたしです。わたしにさわって、よく見《み》なさい。霊《れい》ならこんな肉《にく》や骨《ほね》はありません。わたしは持《も》っています。」
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ルカ 24:41 それでも、彼《かれ》らは、うれしさのあまりまだ信《しん》じられず、不《ふ》思《し》議《ぎ》がっているので、イエスは、「ここに何《なに》か食《た》べ物《もの》がありますか」と言《い》われた。
ルカ 24:42 それで、焼《や》いた魚《うお》を一切《き》れ差《さ》し上《あ》げると、
ルカ 24:43 イエスは、彼《かれ》らの前《まえ》で、それを取《と》って召《め》し上《あ》がった。
ルカ 24:44 さて、そこでイエスは言《い》われた。「わたしがまだあなたがたといっしょにいたころ、あなたがたに話《はな》したことばはこうです。わたしについてモーセの律《りっ》法《ぽう》と預《よ》言《げん》者《しゃ》と詩《し》篇《へん》とに書《か》いてあることは、必《かなら》ず全《ぜん》部《ぶ》成《じょう》就《じゅ》するということでした。」
ルカ 24:45 そこで、イエスは、聖《せい》書《しょ》を悟《さと》らせるために彼《かれ》らの心《こころ》を開《ひら》いて、
ルカ 24:46 こう言《い》われた。「次《つ》の《ぎ》ように書《か》いてあります。キリストは苦《くる》しみを受《う》け、三《みっ》日《か》目《め》に死《し》人《にん》の中《なか》からよみがえり、
ルカ 24:47 その名《な》によって、罪《つみ》の赦《ゆる》しを得《え》させる悔《く》い改《あらた》めが、エルサレムから始《はじ》まってあらゆる国《くに》の人《ひと》々《びと》に宣《の》べ伝《つた》えられる。
ルカ 24:48 あなたがたは、これらのことの証《しょう》人《にん》です。
ルカ 24:49 さあ、わたしは、わたしの父《ちち》の約《やく》束《そく》してくださったものをあなたがたに送《おく》ります。あなたがたは、いと高《たか》き所《ところ》から力《ちから》を着《き》せられるまでは、都《みやこ》にとどまっていなさい。」
ルカ 24:50 それから、イエスは、彼《かれ》らをベタニヤまで連《つ》れて行《い》き、手《て》を上《あ》げて祝《しゅく》福《ふく》された。
ルカ 24:51 そして祝《しゅく》福《ふく》しながら、彼《かれ》らから離《はな》れて行《い》かれた。
ルカ 24:52 彼《かれ》らは、非《ひ》常《じょう》な喜《よろこ》びを抱《いだ》いてエルサレムに帰《かえ》り、
ルカ 24:53 いつも宮《みや》にいて神《かみ》をほめたたえていた。

2020年 04月 02日

ヨハネ 1

ヨハネ 1:1 初《は》め《じ》に、ことばがあった。ことばは神《かみ》とともにあった。ことばは神《かみ》であった。
ヨハネ 1:2 この方《かた》は、初《はじ》めに神《かみ》とともにおられた。
ヨハネ 1:3 すべてのものは、この方《かた》によって造《つく》られた。造《つく》られたもので、この方《かた》によらずにできたものは一つもない。
ヨハネ 1:4 この方《かた》にいのちがあった。このいのちは人《ひと》の光《ひかり》であった。
ヨハネ 1:5 光《ひかり》はやみの中《なか》に輝《かがや》いている。やみはこれに打《う》ち勝《か》たなかった。
ヨハネ 1:6 神《かみ》から遣《つか》わされたヨハネという人《ひと》が現《あらわ》れた。
ヨハネ 1:7 この人《ひと》はあかしのために来《き》た。光《ひかり》についてあかしするためであり、すべての人《ひと》が彼《かれ》によって信《しん》じるためである。
ヨハネ 1:8 彼《かれ》は光《ひかり》ではなかった。ただ光《ひかり》についてあかしするために来《き》たのである。
ヨハネ 1:9 すべての人《ひと》を照《て》らすそのまことの光《ひかり》が世《よ》に来《こ》ようとしていた。
ヨハネ 1:10 この方《かた》はもとから世《よ》におられ、世《よ》はこの方《かた》によって造《つく》られたのに、世《よ》はこの方《かた》を知《し》らなかった。
ヨハネ 1:11 この方《かた》はご自《じ》分《ぶん》のくにに来《こ》られたのに、ご自《じ》分《ぶん》の民《たみ》は受《う》け入《い》れなかった。
ヨハネ 1:12 しかし、この方《かた》を受《う》け入《い》れた人《ひと》々《びと》、すなわち、その名《な》を信《しん》じた人《ひと》々《びと》には、神《かみ》の子《こ》どもとされる特《とっ》権《けん》をお与《あた》えになった。
ヨハネ 1:13 この人《ひと》々《びと》は、血《ち》によってではなく、肉《にく》の欲《よっ》求《きゅう》や人《ひと》の意《い》欲《よく》によってでもなく、ただ、神《かみ》によって生《う》まれたのである。
ヨハネ 1:14 ことばは人《ひと》となって、私たちの間《あいだ》に住《す》まわれた。私たちはこの方《かた》の栄《えい》光《こう》を見《み》た。父《ちち》のみもとから来《こ》られたひとり子《ご》としての栄《えい》光《こう》である。この方《かた》は恵《めぐ》みとまことに満《み》ちておられた。
ヨハネ 1:15 ヨハネはこの方《かた》について証《しょう》言《げん》し、叫《さけ》んで言《い》った。「『私のあとから来《く》る方《かた》は、私にまさる方《かた》である。私より先《さき》におられたからである』と私が言《い》ったのは、この方《かた》のことです。」
ヨハネ 1:16 私たちはみな、この方《かた》の満《み》ち満《み》ちた豊《ゆた》かさの中《なか》から、恵《めぐ》みの上《うえ》にさらに恵《めぐ》みを受《う》けたのである。
ヨハネ 1:17 というのは、律《りっ》法《ぽう》はモーセによって与《あた》えられ、恵《めぐ》みとまことはイエス・キリストによって実《じつ》現《げん》したからである。
ヨハネ 1:18 いまだかつて神《かみ》を見《み》た者《もの》はいない。父《ちち》のふところにおられるひとり子《ご》の神《かみ》が、神《かみ》を説《と》き明《あ》かされたのである。
ヨハネ 1:19 ヨハネの証《しょう》言《げん》は、こうである。ユダヤ人《じん》たちが祭《さい》司《し》とレビ人《びと》をエルサレムからヨハネのもとに遣《つか》わして、「あなたはどなたですか」と尋《たず》ねさせた。
ヨハネ 1:20 彼《かれ》は告《こく》白《はく》して否《いな》まず、「私はキリストではありません」と言《げん》明《めい》した。
ヨハネ 1:21 また、彼《かれ》らは聞《き》いた。「では、いったい何《なん》ですか。あなたはエリヤですか。」彼《かれ》は言《い》った。「そうではありません。」「あなたはあの預《よ》言《げん》者《しゃ》ですか。」彼《かれ》は答《こた》えた。「違《ちが》います。」
ヨハネ 1:22 そこで、彼《かれ》らは言《い》った。「あなたはだれですか。私たちを遣《つか》わした人《ひと》々《びと》に返《へん》事《じ》をしたいのですが、あなたは自《じ》分《ぶん》を何《なん》だと言《い》われるのですか。」
ヨハネ 1:23 彼《かれ》は言《い》った。「私は、預《よ》言《げん》者《しゃ》イザヤが言《い》ったように『主《しゅ》の道《みち》をまっすぐにせよ』と荒《あら》野《の》で叫《さけ》んでいる者《もの》の声《こえ》です。」
ヨハネ 1:24 彼《かれ》らは、パリサイ人《びと》の中《なか》から遣《つか》わされたのであった。
ヨハネ 1:25 彼《かれ》らはまた尋《たず》ねて言《い》った。「キリストでもなく、エリヤでもなく、またあの預《よ》言《げん》者《しゃ》でもないなら、なぜ、あなたはバプテスマを授《さず》けているのですか。」
ヨハネ 1:26 ヨハネは答《こた》えて言《い》った。「私は水《みず》でバプテスマを授《さず》けているが、あなたがたの中《なか》に、あなたがたの知《し》らない方《かた》が立《た》っておられます。
ヨハネ 1:27 その方《かた》は私のあとから来《こ》られる方《かた》で、私はその方《かた》のくつのひもを解《と》く値《ね》うちもありません。」
ヨハネ 1:28 この事《こと》があったのは、ヨルダンの向《む》こう岸《ぎし》のベタニヤであって、ヨハネはそこでバプテスマを授《さず》けていた。
ヨハネ 1:29 その翌《よく》日《じつ》、ヨハネは自《じ》分《ぶん》のほうにイエスが来《こ》られるのを見《み》て言《い》った。「見《み》よ、世《よ》の罪《つみ》を取《と》り除《のぞ》く神《かみ》の小《こ》羊《ひつじ》。
ヨハネ 1:30 私が『私のあとから来《く》る人《ひと》がある。その方《かた》は私にまさる方《かた》である。私より先《さき》におられたからだ』と言《い》ったのは、この方《かた》のことです。
ヨハネ 1:31 私もこの方《かた》を知《し》りませんでした。しかし、この方《かた》がイスラエルに明《あき》らかにされるために、私は来《き》て、水《みず》でバプテスマを授《さず》けているのです。」
ヨハネ 1:32 またヨハネは証《しょう》言《げん》して言《い》った。「御《み》霊《たま》が鳩《はと》のように天《てん》から下《くだ》って、この方《かた》の上《うえ》にとどまられるのを私は見《み》ました。
ヨハネ 1:33 私もこの方《かた》を知《し》りませんでした。しかし、水《みず》でバプテスマを授《さず》けさせるために私を遣《つか》わされた方《かた》が、私に言《い》われました。『御《み》霊《たま》がある方《かた》の上《うえ》に下《くだ》って、その上《うえ》にとどまられるのがあなたに見《み》えたなら、その方《かた》こそ、聖《せい》霊《れい》によってバプテスマを授《さず》ける方《かた》である。』
ヨハネ 1:34 私はそれを見《み》たのです。それで、この方《かた》が神《かみ》の子《こ》であると証《しょう》言《げん》しているのです。」
ヨハネ 1:35 その翌《よく》日《じつ》、またヨハネは、ふたりの弟《で》子《し》とともに立《た》っていたが、
ヨハネ 1:36 イエスが歩《ある》いて行《い》かれるのを見《み》て、「見《み》よ、神《かみ》の小《こ》羊《ひつじ》」と言《い》った。
ヨハネ 1:37 ふたりの弟《で》子《し》は、彼《かれ》がそう言《い》うのを聞《き》いて、イエスについて行《い》った。
ヨハネ 1:38 イエスは振《ふ》り向《む》いて、彼《かれ》らがついて来《く》るのを見《み》て、言《い》われた。「あなたがたは何《なに》を求《もと》めているのですか。」彼《かれ》らは言《い》った。「ラビ(訳《やく》して言《い》えば、先《せん》生《せい》)。今《いま》どこにお泊《と》まりですか。」
ヨハネ 1:39 イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「来《き》なさい。そうすればわかります。」そこで、彼《かれ》らはついて行《い》って、イエスの泊《と》まっておられる所《ところ》を知《し》った。そして、その日《ひ》彼《かれ》らはイエスといっしょにいた。時《とき》は第《だい》十時《じ》ごろであった。
ヨハネ 1:40 ヨハネから聞《き》いて、イエスについて行《い》ったふたりのうちのひとりは、シモン・ペテロの兄《きょう》弟《だい》アンデレであった。
ヨハネ 1:41 彼《かれ》はまず自《じ》分《ぶん》の兄《きょう》弟《だい》シモンを見《み》つけて、「私たちはメシヤ(訳《やく》して言《い》えば、キリスト)に会《あ》った」と言《い》った。
ヨハネ 1:42 彼《かれ》はシモンをイエスのもとに連《つ》れて来《き》た。イエスはシモンに目《め》を留《と》めて言《い》われた。「あなたはヨハネの子《こ》シモンです。あなたをケパ(訳《やく》すとペテロ)と呼《よ》ぶことにします。」
ヨハネ 1:43 その翌《よく》日《じつ》、イエスはガリラヤに行《い》こうとされた。そして、ピリポを見《み》つけて「わたしに従《したが》って来《き》なさい」と言《い》われた。
ヨハネ 1:44 ピリポは、ベツサイダの人《ひと》で、アンデレやペテロと同《おな》じ町《まち》の出《しゅっ》身《しん》であった。
ヨハネ 1:45 彼《かれ》はナタナエルを見《み》つけて言《い》った。「私たちは、モーセが律《りっ》法《ぽう》の中《なか》に書《か》き、預《よ》言《げん》者《しゃ》たちも書《か》いている方《かた》に会《あ》いました。ナザレの人《ひと》で、ヨセフの子《こ》イエスです。」
ヨハネ 1:46 ナタナエルは彼《かれ》に言《い》った。「ナザレから何《なん》の良《よ》いものが出《で》るだろう。」ピリポは言《い》った。「来《き》て、そして、見《み》なさい。」
ヨハネ 1:47 イエスはナタナエルが自《じ》分《ぶん》のほうに来《く》るのを見《み》て、彼《かれ》について言《い》われた。「これこそ、ほんとうのイスラエル人《じん》だ。彼《かれ》のうちには偽《いつわ》りがない。」
ヨハネ 1:48 ナタナエルはイエスに言《い》った。「どうして私をご存《ぞん》じなのですか。」イエスは言《い》われた。「わたしは、ピリポがあなたを呼《よ》ぶ前《まえ》に、あなたがいちじくの木《き》の下《した》にいるのを見《み》たのです。」
ヨハネ 1:49 ナタナエルは答《こた》えた。「先《せん》生《せ》。あなたは神《かみ》の子《こ》です。あなたはイスラエルの王《おう》です。」
ヨハネ 1:50 イエスは答《こた》えて言《い》われた。「あなたがいちじくの木《き》の下《した》にいるのを見《み》た、とわたしが言《い》ったので、あなたは信《しん》じるのですか。あなたは、それよりもさらに大《おお》きなことを見《み》ることになります。」
ヨハネ 1:51 そして言《い》われた。「まことに、まことに、あなたがたに告《つ》げます。天《てん》が開《ひら》けて、神《かみ》の御《み》使《つか》いたちが人《ひと》の子《こ》の上《うえ》を上《のぼ》り下《くだ》りするのを、あなたがたはいまに見《み》ます。」

2020年 04月 03日

ヨハネ 2

ヨハネ 2:1 それから三《みっ》日《か》目《め》に、ガリラヤのカナで婚《こん》礼《れい》があって、そこにイエスの母《はは》がいた。
ヨハネ 2:2 イエスも、また弟《で》子《し》たちも、その婚《こん》礼《れい》に招《まね》かれた。
ヨハネ 2:3 ぶどう酒《しゅ》がなくなったとき、母《はは》がイエスに向《む》かって「ぶどう酒《しゅ》がありません」と言《い》った。
ヨハネ 2:4 すると、イエスは母《はは》に言《い》われた。「あなたはわたしと何《なん》の関《かん》係《けい》があるのでしょう。女《おんな》の方《かた》。わたしの時《とき》はまだ来《き》ていません。」
ヨハネ 2:5 母《はは》は手《て》伝《つだ》いの人《ひと》たちに言《い》った。「あの方《かた》が言《い》われることを、何《なん》でもしてあげてください。」
ヨハネ 2:6 さて、そこには、ユダヤ人《じん》のきよめのしきたりによって、それぞれ八十リットルから百二十リットル入《い》りの石《いし》の水《みず》がめが六つ置《お》いてあった。
ヨハネ 2:7 イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「水《みず》がめに水《みず》を満《み》たしなさい。」彼《かれ》らは水《みず》がめを縁《ふち》までいっぱいにした。
ヨハネ 2:8 イエスは彼《かれ》らに言《い》われた。「さあ、今《いま》くみなさい。そして宴《えん》会《かい》の世《せ》話《わ》役《やく》のところに持《も》って行《い》きなさい。」彼《かれ》らは持《も》って行《い》った。
ヨハネ 2:9 宴《えん》会《かい》の世《せ》話《わ》役《やく》はぶどう酒《しゅ》になったその水《みず》を味《あじ》わってみた。それがどこから来《き》たのか、知《し》らなかったので、‐‐しかし、水《みず》をくんだ手《て》伝《つだ》いの者《もの》たちは知《し》っていた‐‐彼《かれ》は、花《はな》婿《むこ》を呼《よ》んで、
ヨハネ 2:10 言《い》った。「だれでも初《はじ》めに良《よ》いぶどう酒《しゅ》を出《だ》し、人《ひと》々《びと》が十《じゅ》分《うぶん》飲《の》んだころになると、悪《わる》いのを出《だ》すものだが、あなたは良《よ》いぶどう酒《しゅ》をよくも今《いま》まで取《と》っておきました。」
ヨハネ 2:11 イエスはこのことを最《さい》初《しょ》のしるしとしてガリラヤのカナで行《おこな》い、ご自《じ》分《ぶん》の栄《えい》光《こう》を現《あらわ》された。それで、弟《で》子《し》たちはイエスを信《しん》じた。
ヨハネ 2:12 その後《のち》、イエスは母《はは》や兄《きょう》弟《だい》たちや弟《で》子《し》たちといっしょに、カペナウムに下《くだ》って行《い》き、長《なが》い日《にっ》数《すう》ではなかったが、そこに滞《たい》在《ざい》された。
ヨハネ 2:13 ユダヤ人《じん》の過《すぎ》越《こし》の祭《まつ》りが近《ちか》づき、イエスはエルサレムに上《のぼ》られた。
ヨハネ 2:14 そして、宮《みや》の中《なか》に、牛《うし》や羊《ひつじ》や鳩《はと》を売《う》る者《もの》たちと両《りょう》替《がえ》人《にん》たちがすわっているのをご覧《らん》になり、
ヨハネ 2:15 細《ほそ》なわでむちを作《つく》って、羊《ひつじ》も牛《うし》もみな、宮《みや》から追《お》い出《だ》し、両《りょう》替《がえ》人《にん》の金《かね》を散《ち》らし、その台《だい》を倒《たお》し、
ヨハネ 2:16 また、鳩《はと》を売《う》る者《もの》に言《い》われた。「それをここから持《も》って行《い》け。わたしの父《ちち》の家《いえ》を商《しょう》売《ばい》の家《いえ》としてはならない。」
ヨハネ 2:17 弟《で》子《し》たちは、「あなたの家《いえ》を思《おも》う熱《ねっ》心《しん》がわたしを食《く》い尽《つ》くす」と書《か》いてあるのを思《おも》い起《お》こした。
ヨハネ 2:18 そこで、ユダヤ人《じん》たちが答《こた》えて言《い》った。「あなたがこのようなことをするからには、どんなしるしを私たちに見《み》せてくれるのですか。」
ヨハネ 2:19 イエスは彼《かれ》らに答《こた》えて言《い》われた。「この神《しん》殿《でん》をこわしてみなさい。わたしは、三《みっ》日《か》でそれを建《た》てよう。」
ヨハネ 2:20 そこで、ユダヤ人《じん》たちは言《い》った。「この神《しん》殿《でん》は建《た》てるのに四十六年《ねん》かかりました。あなたはそれを、三《みっ》日《か》で建《た》てるのですか。」
ヨハネ 2:21 しかし、イエスはご自《じ》分《ぶん》のからだの神《しん》殿《でん》のことを言《い》われたのである。
ヨハネ 2:22 それで、イエスが死《し》人《にん》の中《なか》からよみがえられたとき、弟《で》子《し》たちは、イエスがこのように言《い》われたことを思《おも》い起《お》こして、聖《せい》書《しょ》とイエスが言《い》われたことばとを信《しん》じた。
ヨハネ 2:23 イエスが、過《すぎ》越《こし》の祭《まつ》りの祝《いわ》いの間《あいだ》、エルサレムにおられたとき、多《おお》くの人《ひと》々《びと》が、イエスの行《おこな》われたしるしを見《み》て、御《み》名《な》を信《しん》じた。
ヨハネ 2:24 しかし、イエスは、ご自《じ》身《しん》を彼《かれ》らにお任《まか》せにならなかった。なぜなら、イエスはすべての人《ひと》を知《し》っておられたからであり、
ヨハネ 2:25 また、イエスはご自《じ》身《しん》で、人《ひと》のうちにあるものを知《し》っておられたので、人《ひと》についてだれの証《しょう》言《げん》も必《ひつ》要《よう》とされなかったからである。