私たちの主イエス・キリストの力の源、その奇跡や教えの拠り所は、父なる神との日々の交わりでした。実際、イエス・キリストは地上で活動した3年間、祈りを絶やしませんでした。イエスは人々にも祈りなさいと教え、聖書はその教えを今に伝えています。何度も出てくるのは、それがとても大切なことだからです!

例えばマタイ6では、イエスは次のように言っています。

「祈るとき偽善者たちのようであってはいけません。彼らは人々に見えるように、会堂や大通りの角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに言います。彼らはすでに自分の報いを受けているのです」(マタイ 6:5)

アントワープ(ベルギー)の古い教会。でも、どんなに立派な建物で祈っても、それが真実の祈りでなければ神には届きません。

自分は祈っていると言う人はたくさんいます。でも、その対象は様々ですし、亡くなった人など、祈りを聞き届けることができない存在に祈りを捧げる人も少なくありません。神は私たちと真実の時間を過ごしたいと思っておられます。イエスはそのやり方を私たちに教えてくださいました。

マタイ6では、イエスは形だけの信仰心をひけらかす人々の祈りを強い言葉で批判しています。「偽善者」(hypocrite)とは、人にはやるなと言っていることを、自分ではやっているような人のことです。聖書の原典を紐解くと、元のギリシャ語の単語は「ふりをする人」という意味も持ちます。実はこれは古代ギリシャの演劇用語で、仮面をつけて別人のふりをする役者のことを指す言葉でした。救い主イエスは何を私たちに伝えようとしているのでしょうか?

世界は祈りについて語る人で溢れています。でもそれは祈るポーズをとっているだけで、みなパフォーマンスなのです。教会の前で、政府の建物で、群衆の前で、自分はいかに信心深いかをアピールするために祈っているのです。こうした人たちは、本当は全然信心深くありません。ただ注目を集めたいだけなのです。そしてこのような祈りが神に届くことはありません。神は、パフォーマンスだけの祈りや祈っているふりをしている人たちには耳を傾けないからです。

神は皆さんと交わりたいと思っておられます。皆さんと毎日、時間を過ごしたいと思っておられます。

あなたは、どうですか?神についてもっと知りたいと思っていますか?あなたが神に近づけば、神はあなたに近づいてくださいます。聖書で神はそのように約束してくださっているからです(ヤコブの手紙 4:8)。この言葉に甘えて、毎日祈りましょう!

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